人の五感を超えたオクターヴ

磁気的なフィールド(磁場)のインダクタンス(誘導)とダイエレクトリック・フィールド(誘電場/静電場)のキャパシタンス(静電容量)の計算に関して、次元的な関係を確立するためには、メトリカル(メートル的/測量的/ビートのリズム的なパターン)な次元の関係がエーテルに応用されなければなりません。しかしながら私達は、エーテルについての質量的な事は本当に殆ど何も知りません。J.J. トムソンN. テスラ、G. レ・ボン、W. クルックス、そしてメンデレフと言った名前はどれも、電気的な技術開発者の、エーテル概念の理解に重要な役割を持っています。エーテルの超繊細なガスとしての物理的な表しの資質性は確立され、このガスは、元素の省略されていない周期表(元素表)の「水素以前のシリーズ(グループ)」に関係します。現在知られている周期表の、超ウラン(トランス・ウラニウム)シリーズは、一つの類推的な例です。

水素以前のグループ(1-3オクターヴ)
2 octive

このガス的なエーテルは、その極化の行程を通した、電気的な現象が起こる場所です。この極化は、インダクション(誘導)を派生させ、それはそれから蓄積されたエネルギーを発生させます。テスラは、彼の「高いポテンシャル(効能)と高いフリクエンシー(周波数・振動率・頻度)の交流の実験」の中で、彼のエーテルの良い実証をしています。前章で挙げられたプランク(Plank)、Qは、「極化されたエーテル」を定義する主要で次元的な関係とし、これを「電気の原子」とします。それはしかしながら、J.J. トムソンの見解において、クーロン(Coulomb)、プサイ(Psi)で、総合的なダイエレクトリック的な誘導は、「極化されたエーテル」を定義する主要な次元とされます。トムソンは、M. ファラデーの「エーテル原子」のアイデアを、彼の「電気の微粒子/小体(コープスクル)」に発達させ、これは分割不可能な単位です。1つのコープスクルは、力のファラデー的なチューブ(真空管?)を1つ1つ(one one/タイプミス?)終了させ、これは1クーロンとして測量されます。このコープスクルはエレクトロンでは無く、それは今日、エレクトロンとして知られるものの成分・要素です(This corpuscle is NOT and electron→NOT an electronだと思います)。(トムソンはエレクトロン毎に1,000コープスクルを関連させています)W.クルックス、J.J.トムソン、そしてN. テスラによって取られたこの見解において、カソード(cathode)の光線はエレクトロンでは無く、実際にエーテルのコープスクルです。弁護士の様な今日の理論物理学者の技は、人間の記憶からこの理解を消去し、それは以後、アルバート・アインシュタインという宗教によって封印されました。もしアインシュタインと一致しないと、するとそれは不可能です。何と好都合な器でしょう。

しかしながら、電気的な技術開発者として私達には、アインシュタインやら、エーテルの規則についての酒場の喧嘩など、関係ありません。ロサンジェルスの街は電気を必要としていて、私達の仕事はそれを安全に届ける事です。これをどう達成するかは、誘導(インダクタンス)と静電容量(キャパシタンス)の理解から始まります。これらは誘導の磁気のフィールド(磁場)のエネルギー蓄積の係数/率を表し、この誘導(インダクション)は順にエーテルの特質です。磁気的な誘導は故に、エーテルの磁気的な特質の次元的な関係であり、ダイエレクトリックの静電容量は故に、エーテルのダイエレクトリック的な特質の次元的な関係です。インダクタンスとキャパシタンスは故に、エーテルの特定で、ぞれぞれの特徴へのメトリカルの次元的な関係の応用です。

磁気的な誘導のためのエーテル的な関係は、磁気的な「浸透性/透磁率」として知られ、ダイエレクトリックの誘導のためのエーテル的な関係は、ダイエレクトリック「(絶対)誘電率」として知られます。これらの2つの用語は、オリヴァー・ヘヴィーサイドによって名づけられました。此処で透磁率はムー(Mu)として表示され、誘電率はエプシロン(Epsilon)で表示されます。これらの2つの関係はそれぞれ、「磁気的な誘導性」と「ダイエレクトリック的な誘導性」を表しています。次元的な関係のこの対、ムーとエプシロンは、電化させられたエーテルを結びつけている金属製のダイエレクトリック的な幾何学(i.e.立体性のコイルなど)によって定義されたメトリカルの次元的な関係と連動して、誘導(インダクタンス)と静電容量(キャパシタンス)の次元的な関係を成します。故にインダクタンスとキャパシタンス、L と C は、それら自体の中で、そしてそれら自体が、メトリカル的で次元的な関係です。それらが構成するのは、substancive 的(自立的?)な次元でも、実質的な次元でもなく、メトリカル(測量/韻律的)です。

ダイエレクトリック的な誘導の substanctive 的な次元の関係は、クーロンの、プサイで表され、ファラド(Farad)において、静電容量のメトリカル的な関係、C、と融合させられ、静電ポテンシャルの混ぜ合わせの次元的な関係を発生させ、ボルトにおける、e で表されます。

(1) Coulomb, Psi, substantial
クーロン、プサイ、実質的
Farad, C, metrical
ファラド、C、メトリカル
Volt, e, compound, substantial and metrical.
ボルト、e、混合、実質的とメトリカル的です。

ファラドはクーロンの上に「機能(Operate)」し、ボルトを派生させます。

同様に、磁気的な誘導の substancive 的な次元の関係、ファイ(Phi)は、ウェバー(Weber)において、インダクタンス、L の、メトリカル的な次元の関係と混合され、ヘンリー(Henry)において、磁気的な運動の力の混合な次元の関係、I を派生させ、アンペア(Ampere)において表されます

(2) Weber, Phi, substantial
ウェバー、ファイ、実質的
Henry, L, metrical
ヘンリー、L、メトリカル
Ampere, I, compound, substantial and metrical
アンペア、I、混合、実質的とメトリカル

ヘンリーはウェバーの上に「機能」し、アンペアを派生させます。

静電容量の要素としての誘電率と、誘導の要素としての透磁率は、金属製のダイエレクトリック的な幾何学(コイル,etc.)によって結ばれた/縛られた媒体の要素を体現しています。エーテルにおいて、または10- C オイルにおいてであれ、ムーがこの媒体の磁気的な単位を現し、エプシロンがダイエレクトリック的な単位を表します。此処で注目されるべきは、電気的な活動はダイエレクトリック的な媒体の中だけにあり、それを結ぶ/縛る幾何学的な金属部分(コイル)の中では無い事です。再び、J.C. マックスウェルの基本的な理論です。
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XXXVIII The Nine-Octave Periodic Table of the Elements
要素(元素)の9音階の周期表

98.今日の元素周期表は、アイソトープ(同位体)と不活性(inert)なガス(気体)を含む92の要素(元素)をリストします。要素(元素)としてリスト化された多くは、アイソトープで、それらは分離化された破片的(fractional)な要素(元素)です。

私の周期表は、63種の元素、49種のアイソトープ、そして9種の不活性なガスをリストし、合計を121種にします。

1 PeriodicTableHighRes

自然の観点から見ると、其処には一つの元素 - 炭素 - そして一つの形状 - 立方体-球体(CUBE-SPHERE)しか存在しません。

炭素は、そのウェーヴ・フィールド(波/周波数の場)の形状において結晶化し、それは真の立方体です。そのシステムの中核は、真の球体です。そのシステムの平面(plane)は、その波の軸から90度で、その回転の極から90度で、そしてその南北の極から90度です。炭素の原子システムの形は、163ページの図131に表される様にディスクです。炭素システムの全ての惑星の軌道は、炭素の赤道の平面の上で、そしてその赤道は、その波の振幅(amplitude)の平面上です。

炭素は故に、体におけるバランス化された形状と、バランス化された性別の結合(sex mating)における統合を体現します。それは一つの赤道しか有しません。波の振幅の上に無い全ての要素(元素)は、3つの赤道によって分離された非統合な対です。それぞれの単一の元素は、それ自体の赤道によって、それ自体が分離され、そしてそれぞれの対は波の振幅の赤道によって分離されます。

99.炭素は自然における婚姻のアイデアを象徴化します。その一つの赤道は、その統合の絆/結びつき(bond)です。それは既に対では無く - そしてそれは自然において婚姻が何を意味するかで、そしてそれは、人の婚姻の実施において何を意味するべきかです。分離化された対は、対峙した性質を有します。対のマイナス(陰/女性)は、金属的なで - プラス(陽/男性)は金属的なアルカリです。全てが伝導的なのは、伝導性がバランスのための探求であるためです。

バランス化された統合性は、酸性、アルカリ性、金属的な質、そして伝導性を無効化します。それらの性質を排除する事で、炭素はに成り - それが意味するのは、石の質を持つミネラルです。

ナトリウム(ソディウム)と塩素の様な、非統合的な同等で対照的な対が「婚姻/結合」された時、それらは塩化ナトリウムとして統合された瞬間に、それらは同様に、3つの代わりに1つの赤道を有します。それらは同様に、それらの金属的、酸的、アルカリ的、そして伝導的な性質を失い、そして真の立方体(cube)として結晶化します。

自然におけるアンバランス化された婚姻/結合の例は、ナトリウムとヨウ素、またはナトリウムと臭素の結合です。それらの結合のそれぞれは、安定性を有しますが、歪められた立方体の結晶において証明された、それらのそれぞれにおける、アンバラスの名残があります。それらのそれぞれは同様に、塩素が現れなければ、調和的な結合として続きますが、その(塩素が現れた)場合、自然は直ぐに塩素を優先して、その結合を無効化します。

100.炭素は全ての元素の中で最も高い溶解点と最大の密度を有します。これが意味するのは、炭素がまた、時間のサイクル(周期性)を更に蓄積したために、全ての元素の中でより頑丈である事です。それが同様に意味するのは、炭素が全ての元素の中で最も非-放射的で、何故なら放射性は派生運動(generoactivity)と放射運動(radioactivity)が出会う、反転の地点において最も強いですが、唯一波の振幅における外向きの爆発(放射)によってそれ自体を表し始めるためです。

私達が、人の観点を自然のものと統合する事を望み、元素の9オクターヴのサイクルをとても簡単に描写するのは、自然の観点からです。

101.運動の2方向のバランスされた効果の、この電気的な宇宙の最も顕著な特徴の一つは、マインド-アイデアを体現するための成熟した体の形状の、サイクル的な解きほぐし(展開)と、それらの全てのアイデアの源泉への再折り畳み(閉開)です。

成熟化された形状の体は、プラスとマイナスの対における4つの効果の一連によって展開されます。同様に、それらは、類似した対における4つの効果の反転によって再閉開されます。

102.展開と閉開をするための自然におけるそれぞれの効果は、成熟し分極化された体の形成に向かい、そしてその種-アイデアに向かって離れる、内向き-外向きの成長の段階です。

全てのオクターヴの4番目のプラス-マイナスの対は、一つとして統合されます。(154ページの図87、159ページの図114参照)。

それらは、それらの波の振幅において一つとして統合し、それは全ての波の先において重力の中心に直接向きます。それらの2つの統合された効果は、考えられたアイデアの成熟した体の形状を構成します。

それらは生と死が出会う地点で - 派生と放射を分離する静止の反転の地点です。その出会いの地点がそのサイクルの全体の、最大の密度、最高の溶解点、そして最高の効能(ポテンシャル)の地点です。

それにおいて統合された対は、一つの要素(元素)の成熟された体で - 炭素です。

自然における全ての完成されたアイデアは、9つの効果 - または段階 - によって表現され、それらは8つのオクターヴの波に加えて、その9オクターヴのサイクル全体の、成熟されて中心化されている振幅の波です。

103.元素のそれぞれのオクターヴは、丁度、木がその種から育つように、その不活性なガスから育ちます。その不活性なガスは、そのオクターヴにおいて以前に起こった事の全てを記録し、蓄積します。

104.メンデレエフの元素周期表において、水素は不活性なガス無しで表記されています。これは、両親無しで子供を産出する程、不可能です。

水素はまた、そのオクターヴにおける唯一の元素として表されています。これもまた、電池の2つの極の1つだけに蓄電する程、不可能です。

105.水素は1つの元素では無く、8つです。それは、それ自体において一つのオクターヴの全体ですが、自然は、これを簡単に人の五感で探知出来にくくしました。

何年も以前に、私がこの事実を科学界に説明した時、それは研究を行い、このオクターヴのその他のトーン(音)を発見し、それを誤ってアイソトープと呼びました。科学が発見したのはアイソトープでは無く、フル・トーン(全音)です。科学は、しかしながら、それら以外には何も無く、それらをアイソトープと呼ぶ以外選択肢が無いと言う前提から、元素に1から92までの番号を付けました。

106.メンデレエフの元素周期表において、5-7-10-11そして12の一連は不活性なガス無しで、完全なオクターヴに成る事無く表記されています。それらの一連はまた、それらが属さないグループに配置されたアイソトープと共に部分的に満たされています。また、8番にされたグループは、それらの完全な番号が与えられた9つのアイソトープに構成されています。実際に、全てのアイソトープは、あたかもそれらが全音の様に番号が付けられています。

107.アイソトープは自然において、第6オクターヴに成るまで現れず、その後もプラス3と4、そしてマイナス3と4の間においてのみです。より古いオクターヴの一連においてそれらが数において増えるのは、何故なら古く成っている炭素は、それらのどちらにおいても真の球体に成る事が出来ないためです。そう成るためのその試みの多くは、多くのアイソトープを産出する事に結果します。

長い時間の間、その人の活力を保つ、完全に成熟した人の様に、炭素は非金属としてのシリコンにおいて振幅へと再び台頭しますが、その後、徐々の放射性の減少の上で、波の振幅において、もう一つのバランス化された非金属が現れる事を不可能にします。

108.第5オクターヴは、自然の表現の全てにおいて、自然が要求する9つの、バランスしている1つです。それは成熟化された活力のオクターヴです。4つの、より古いオクターヴが、私達の五感に完全に明らかなのは、それらが時間のサイクルを蓄積する事によって密度を蓄積したためです。4つの、より若いオクターヴが、その(第4)オクターヴの唯一の元素として表記された水素の例外を除いて、私達の五感の範囲を超えます。

それらが自然において存在するのは、自然がバランス化されているためです。それは、より古いもの(4オクターヴ)に対抗バランスするために、4つの、より若いオクターヴを有さなければなりません。

私が以前にも述べた様に、人はその人が感じる事が出来ない物事の多くを知る事が出来ます。人は故に、自然の分極化の原則におけるバランスが、自然の対化された効果の全てにおける分別化の同等性を要求する事を知っています。

この事実が唯知られる事だけでなく、その真実に納得する事が必用なのは、しかしながら、それが、スペクトルの線のそれらの始まりから元素の歴史を読む事によって証明される事が出来る為です。水素のスペクトルにおける赤い線は、一つのオクターヴだけに帰属しません。それぞれの赤い線は、もう一つの目に見えない線を伝えます。スペクトルの線は、あらゆる読解の全ての線が、あたかも一つのオクターヴの一つの元素に帰属するとしてでは無く、歴史における蓄積した時間として読まれるべきです。

3 octaves

109.スペクトルにおけるそれらの赤い線の間の間隔のための理由は、それらが一つの元素の圧力を体現するためでは無く、それぞれの一連的なオクターヴが密度において増加するためで、それはまた時間の一連を歪めます。

この原則の反対が、無極化している体において当てはまります。あらゆるサイクルの放射的な半減の上の無極化している体は、凄まじい速さにおいてそれらから時間の蓄積を投影(放射)します。ヘリウムとその他の不活性なガスは、タングステンから、ほぼ光速の半分で外に向かって爆発し、その間、類似した「光線」は、ほぼ光速で、ラジウム、アクティニウム、ソーリウム、ウラニウム、そしてウリディウムから外向きに爆発します。

対照的に、派生運動(generoactive)的な光線は、最初の3つの目に見え無いオクターヴにおいて、凄まじい速度で内側に向かって爆発(爆縮)します。アルファ線、ベータ線、ガンマ線、そして「宇宙的」な光線は、それらと、より古い不活性なガスが退化/老化している、眼に見える物質から外側に向かって爆発する際に、眼に見えない派生している物質の中心へと、内側に向かって爆発します。

ときほどかれる物質の種のパターンを形成する9つの不活性なガスは、それらの運動、または目的を理解しない観測者を困惑させます。不活性なガスの、元素と融合する事への拒否は、常に解決する事の出来ない謎でした。

第6オクターヴにおけるスカンディウムと、第7オクターヴにおけるヒ素の後、コバルトを産出するためには、5つの別々の効果が必要です。そのコバルトの段階において炭素は未だに凄く強い体ですが、コバルトは真の球体では無く、その波のフィールド(場)は真の立方体でもありません。この理由のためにコバルトは金属的で、そしてロディウムとルテシウムのオクターヴにおける炭素のプロトタイプもそうです。

当然、セリウム、ソーリウム、タングステン、そしてその他多くのその様なアイソトープもまた、引火性の様な、多くの方法において、水素へのそれらの直接の関連性を表します。

炭素自体も水素とのその一致性の多くの証拠を与えます。全ての化学者は、炭素が全ての有機的、無機的物質の土台にあり、そして炭化水素の調合物がその他のコンビネーションのどれよりも、自然において数多くある事を知っています。

酸によって影響された時、肉は炭素の残骸を残します。炭素は、地球内の石炭の堆積と焼けた木の木炭において証明される様に、全ての植物の生長と同時に動物の土台です。

同様に、炭化水素が酸にもアルカリにも反応しないのは、元素が真の立方体の波の場において重力の完璧なバランスを見つけた時、酸とアルカリがその元素において無効化されるためです。

炭素は、その必要条件を完璧に満たす、唯一の元素です。水素は、とても近くまでその条件を満たすので、炭素と融合された時、酸、またはアルカリによる反応から免疫されます。

これ等の事実が引用されたのは、治金学者と化学者が彼等の考え方を、多くの別々の実質のアイデアの上よりもむしろ、物質の成長-退化、または生-死の原則の上に土台付けする様にするためです。

9つのオクターヴのサイクルの全体を、派生運動的な半分と、同等な放射運動的な半分である、その2つの対峙へと分別する事によって、変格のための包括的な土台が、一つをもう一つへ変格するために、エレクトロン(電子)を外したり加えたりする現在の概念と入れ替わるでしょう。

変格の時代は、人の変格を通してのみ訪れ、そして人の変格は、新たな知覚を通して「人のマインドを新たにする」事によってのみ到来します。意識の夜明け以来、それはずっとそうで、そしてこれからもそうでしょう。

変格している本質の新たな知識が民族(人類)に浸透すると常に、世界の文化の基準が向上します。イタリアのルネッサンスの芸術は、7世紀に及ぶ暗黒時代から、人類を変格させました。自然の法則の新たな知識は、ゆっくりと人から迷信を無くさせています。

スピリット的な知識は、人のジャングルの知識から、人類を一歩、一歩、変格させました。科学的な解明はまた、10世紀を超えて忘れ去られていた後に、地球が丸い事が早期の哲学者達によって再発見されて以来、一歩、一歩、人を変革しました。

人は、それが宗教的、哲学的、科学的、または芸術的であれ、新たな知覚からそれぞれの変格において異なって考えます。考え方の新たな基準から、人のもう一つの種が台頭します。

黄金比率とオクターヴ
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http://chilledvodka.blog.fc2.com/blog-entry-428.html

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音楽、錬金術(化学)的な媒体、そして天文学

(インドの)ヴィーダ的な伝統は、「音の発光的な本質」への言及で溢れています。実際に、光のための単語(svar)は、音のための言葉(svara)に類似しています。これは、私がその他の場で観測した様に、私達が恐らく、物理学における失われてしまった知的洗練を目撃していると言うもう一つの手掛かりで、「音-光」のアイデアはまた、「電気-音響」として理解される事が出来るためで、i.e. エジプトのエドフ文献の中で語られた「音の眼」を思い起こさせる、媒体(エーテル)における経度的で電気的な波(縦波)です。

その物理的な媒体の一貫性は、古代人達のマインドにとって、天界のサイクル(周期)的な一貫性において表現され、そしてゾディアックの12のハウスを通る長い周期を通った歳差運動によって表現されました。12は、すると、球体の音楽的なハーモニー(調和)を表現するための選ばれた数字に成ります。私達は、再び、ピアノの前に座り、完璧な4番目(ファ)と5番目()の音の輪を通して奏でる事によって、これを実証出来るでしょう:

四度圏(アセンディング/上昇して行く)

1)C (ド)
2)F (ファ)
3)B♭ (シのフラット)
4)E♭ (ミのフラット)
5)A♭ (ラのフラット)
6)D♭ (レのフラット)
7)G♭/F♯ (ソのフラット/ファのシャープ)
8)B (シ)
9)E (ミ)
10)A (ラ)
11)D (レ)
12)G (ソ)
13)( C ) (ド)
(上記の図を下から上に読むと)下降している五度圏

1Godoken.png

再び、私達が弾く音は、自然的な倍音の連続では無く、ゾディアックの12のハウスを通る、歳差の天体的な運動にハーモナイズ(調和/一致)する様に数学的な調整の方法によって変更された、または「いじくられた」結果です。マクレインが明言する様に、「太古の宇宙学は、スケール(音階)と暦(カレンダー)と共に天界を調和させるために、少なくとも十分な数字理論音楽理論を必要としました。」その音楽的な例えは、リグ・ヴィーダにおいてポエム(詞)的に表現されています:

「12のスポーク(舵輪)によって形成され、

「時間の長さによって、弱められず、

「天界の周りを転がる、

「この車輪/歯車は期間の秩序。

「12は 外縁/輪縁/ゾディアックで、そしてその車輪は単一です。」

この天文学的でカレンダー的な一致が更に顕著なのは、もし人が C メジャーの音階の白い鍵盤、C, D, E, F, G, A, B (ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ)を弾くと、それらのつは、1週間の七日を体現するだけでは無く、ヴィーダ的な伝統において、人のリシ達、または人の賢者達を表すと理解されるためです。

リグ・ヴィーダはまた、私達がアンコール・ワットと、ヴィシュヌーの3重的な自己-体現と共に関連して発見した、主要な「3重化(三位一体)」を知っていて、そして語ります:

「その神々は、この世界の創造よりも後、

「それが存在へと何時現れたのかを誰が知る?」

つまり、神-音の増幅の全てはその最初の3重化に続くと言う事です。

ですが、すると、もし私達がサード、または3の力(3倍)を取り、そしてそれらを「三度圏」の周りで辿ると何が起こるでしょう?その結果が不可解なのは、もし私達が再び C (ド)から始め、メジャーのサードを辿ると、私達は以下を得るためです:

1)C (ド)
2)E (ミ)
3)G♯/A♭ (ソのシャープ/ラのフラット)
4) C (ド)

私達は、四度圏と五度圏の12の等間隔の音を派生させるには足りな過ぎます。言葉を変えると、太古の文明によって向き合われた主要な数学的で、音楽的な問題は、神-音の2つの「セット(集合体)」をどの様にして、調和的な全体/一つにまとめるかと言う事でした。

これは、太古のチューニング・システム(調整方法)の「女性」と「男性」(i.e. 陰陽)の思考に、私達を必然的に導きます。

https://planetwatcher311.wordpress.com/2015/12/09/the-grid-of-the-gods-5/

ステインメッツからピタゴラスへ、時を遡って 

実質的レベルで、これは何故に、ニコラ・テスラのアイデアが、近代的な考え方で全く理解出来ないかの理由です。「現代の考え方」では、テスラは「頭の中が少々おかしい」と当然の様に取られますが、これが何故なのかというと、彼は生活における行動を3で割れる数字で習慣づけた ためです。彼の無言の追放の期間の彼の「避難部屋」のルーム・ナンバーは3327でした。このスリーダム(三元性・三位一体)は、ヨハナス・ケプラーに とっては、全く変に聞こえなかった事を熟考するのはとても重要です。ケプラーの時代以前に、数字3の力についての全章(一つの学問)が書かれました。加え て、ニコラ・テスラは、ケプラーがその数世紀前に幾何学を教えた正にその土地,グラーツでクラシクス(古典)の教育を受けました。此処は、ケプラーが太陽系 の数学を発見した場所です。これは、テスラがどうやって彼の信じがたい創造的な力を発達させたかを説明します。テスラは、彼のマインドの中で、宇宙的なレベルから地球的なレベルへ、g から Γ (ガンマ)へ、直接的に変換する能力を得て、機能する機器の物質的な現れへと結果させました。彼の目的を遂行する能力は、古代エ ジプトのヘルメティック(ヘルメス派)的な伝統から来ており、学者ぶった技術的な訓練からではありません。テスラを理解出来ない近代家の無能さは、技術的な複雑性のせいでは無く、神聖な単純さのためだと言えるでしょう。加えて、近代家は特に、数秘学的な形状に表現された時、調和的な宇宙の、ケプラー以前の概念奥深い病理的な軽蔑を持っています。(i.e.科学が宗教化している)テスラの手法に対するこの憎むべき敵意は、軍産複合体でさえもニコラ・テスラの仕事(偉業の使用)を不許可にする程強いものです。ヴァシラトスの「冷戦技術の秘密」の前書きの章を参照してみて下さい。

(14) まとめるに、太古の象徴的なオペレーターの題材は、今日の「相対性理論」の太古の時代における同等です。太古の時代を通してこの地球上に住んだ人間の文化の宇宙において、一般的に太陽は物事の中心と考えられ、主要なそれぞれの天体がその周りを周っていると考えられました。それはヘリオセントリック(太陽中心的・地動説的)と考えられていました。この理解の上に大いなる様々な文化は育ちました。すると紀元2世紀に、誰かが、地球が中心的な相対性の概念を思いつきました。この誰 かとはプトレマイオス(紀元90-168年)です。彼の相対性理論は、全ての天体は地球を中心として相対的に動くと明言し、故に地球が中心的な相対性(天動説)です。この発想から天動説は、天文学を14世紀の間、毒しました。それは過度の修正要素、調整、そしてそれらに類似するものになり、天文学の進歩を不可能な ものにしました。天動説は、(中世)暗黒時代の先駆者的な哲学でした。地球を中心とする相対性は、教会の死罪を伴う法に成りました。(ジョルダーノ・)ブルーノは 地動説を「実施(教育)」したために火刑に処され、ガリレオ(・ガリレイ)はそれぞれの惑星が実際に、太陽の周りを回っている事を発見したために追放されました。コペルニクスの太陽が中心的な哲学は、テスラの哲学が今日、実在主義的な近代家によって禁止されるのと同様の情熱で、その時代には禁止されまし た。幾何学的で、太陽が中心的で、そして関連するピタゴラス的な概念の、ケプラーによる統合によって、もうこれ以上、一般化された天界に存在する単位の形状である、太陽が中心的な太陽系に異論する事は出来ません。

(15)近代の相対性理論と、その自閉症的な子供である量子力学は、プトレマ イオスと、彼に続いた組織・機関(制度)の状況の歴史的アナログ(類似物)です。近代的な相対性理論において、それは今、one over C²(C /光速)が宇宙の中心で、その周りを時間と空間が回っています。修正の要素と、歪められた座標のそれぞれのシステムの泥 沼は、量子神秘主義として知られる精神分裂的な組織(制度/学術)へと発達しました。天動説(地球中心的)を抜きにしても、これは誠に病理的なアンスロポ セントリシティー(人間中心主義)であり、宇宙的な全滅のKurtzwiel特異点へのタビネズミの行進です。それは法則(制度)とされます。

http://chilledvodka.blog.fc2.com/blog-entry-239.html

密教と量子力学

The Cosmic War
第2章より:

古代シュメール/バビロニアのニヌルタ(火星)神
ニヌルタが、稲妻を手に、龍と戦っています。
1ninurta.jpg

ニヌルタの稲妻と、現代のプラズマのディスチャージ(解放/放電)の類推です。
2Thunderbolt and Plasma

古代ギリシャのゼウス(木星)神も、稲妻を手にしています。
2zeus jupiter

ゼウスの稲妻は、以下の様に様々に表現されます。
3Thunderbolts, many

4thungods2_24c.gif

それらはいずれも、実験室におけるプラズマのディスチャージに酷似します。
5thungods2_26b

さて、密教を日本へともたらし、真言宗の祖となった、空海ですが、その手に稲妻の象徴を持っています。

1空海

つまり、密教は、

神秘主義

の分派で、真言宗/天台宗は、その日本独自の発展で、太古の宇宙神学と同祖です。

現在において宇宙神学に詳しいのは、ミスター宇宙神学こと、サントス・ボナチで(言う成れば、彼は現代のピタゴラスで)・・・

本当に・・・何でこんなに大切な事を学校では教えてくれないのでしょう・・・?

密教と量子力学

1milky.jpg

トランスヒューマニズムの紹介、13-14ページより:
http://feralhouse.com/wp/wp-content/uploads/2012/10/Transhumanism_intro_excerpt.pdf

「錬金術と関連した題材についての、何年にも及ぶ私達(デ・ハート博士とファレル博士)のお互いとの会話と調査の間に、私達はもう一つの、同等に困惑させられる気付きに辿り着きました:錬金術は、その要素の殆ど全てにおいて、キリスト教のサクラメント主義と同一でした:

・両方が、物質は神との合一のための乗り物へと変格される事が出来ると主張し;

両方が、物質の変格だけでは無く、最終的に「基本的な金属」から「不死的な黄金」への、人類自身のアポカリプソ的な変格を目標とし;

・両方が、基本的な「レシピ」に続き、この変格のために正しい物質を使用し、そして言葉の特定の特別なフォーミュラに沿って、そして正しい道徳的な意図で行われました。

「それらの2つが異なったのは、錬金術が、この全てを達成するために、特別な啓示、教会、または神父制の必要は無いと主張した処です。むしろそれは、千年を通して、「科学技術的な」方法によって追い求められた目標でした。「自然」と「自然の神」以外に教会は必要ではありませんでした。その一つ(キリスト教)は啓示の儀式で;もう一つ(錬金術)はテクニックと科学技術の儀式でした。

神秘主義
http://chilledvodka.blog.fc2.com/blog-entry-420.html

「・・・密教は老若男女を問わず今世(この世)における成仏である「即身成仏」を説いたことによって、画期的な仏教の教えとして当時は驚きをもって迎え入れられた。この点での中期密教と後期密教との差異はというと、中期密教は出家成仏を建前とするのに対して、後期密教は仏智を得ることができれば出家や在家に関係なく成仏するとしている点である・・・」

ルネッサンス

神聖な血筋と聖杯、P139

レネー・ド・アンジョウ(シオンのプライオリー/テンプル騎士団)を、今はルネッサンスと呼ばれている現象の 背後の、主要な推進力と考えるのは、不正確では無いでしょう。彼の数々のイタリアにおける財産(不動産)のために、彼は何年もイタリアで過ごし、ミランを 統治していたスフォルツァ家との親密な交友関係を通して、フローレンスのメディチ家との接触を確立しました。コシモ・デ・メディチが意欲的なプロジェクト の連続 - 西洋文明を変格したプロジェクトを始めさせたのは、大々的にレネーの影響力であったと信じる良い理由があります。

1439 年、レネーがイタリア在住の際に、コシモ・デ・メディチは、太古の文献の探求のために、世界中に彼のエージェント(部下)を派遣しました。その後、 1444年に、コシモはヨーロッパの最初の公共図書館である、サン・マルコの図書館を設立し、そして故に、教育における長年の教会の独占に挑戦し始めました。コシモの直々の委任によって、プラトン主義、新プラトン主義、ピタゴラス主義、グノーシス主義、そしてヘルメス主義の コープス(i.e.神秘主義の文献集合体)の思想は翻訳へとその道を見つけ、初めて一般的に利用可能になりました。コシモはまた、フローレンス大学におい て、ギリシャ語が教えられるように指導し、それはヨーロッパにおいて700年ぶりの事でした。そして彼は、ピタゴラス派とプラトン派の研究を行う学校の創 造を手がけました。コシモの学校は、イタリア半島全体を通した数々の同じような学校を即座に派生させ、西洋の秘儀主義(神秘主義)の伝統の砦と成りまし た。

<中略>

ある意味、類似したアイデアの広まりは17世紀に起こり、最初にドイツで広がり、その後イングランドに広ま りました。1614年、ローズクロスのマニュフェストと呼ばれるものが最初に現れ、翌年に二番目のものに続かれました。これらのマニュフェストは当時、大 騒ぎを起こし、(カトリック)教会とイエズス会からの猛烈な非難を起こさせ、そしてプロテスタントのヨーロッパのリベラルな派閥から熱狂的なサポートを得 ました(i.e.ブルーノの統一的な思想から既に分断的思想に変化している)。ローズクロス的思想の最も雄弁で影響的な支持者はロバート・フルッドで、1595年と1637年の間、シオンのプライオリーの第16代グランド・マスターとしてリストされています。

そ の他の物事の中に、ローズクロスのマニュフェストは、伝説的なクリスチャン・ローゼンクロス(注:ジョージア・ガイド・ストーン)の話しを普及させまし た。それらはドイツとフランスの「入門者達」の秘密で、「眼に見えない」結社からの発行であると主張されました。それらは、ルネッサンスを通してレネー・ ド・アンジョウから流れた - 地下水脈である - ヘルメス的原則に沿って、世界と人間の知識を変格すると約束しました。スピリット(霊)的自由の新た な時代が告げられ、その時代において人は彼自身を彼の以前の足かせから解放し、それまで休眠状態だった「自然の秘密」を解き放ち、全てに浸透する、統一的 で宇宙的な法則の調和に従って彼自身の運命を統治するとされました。それと同時に、そのマニュフェストは政治的に強く扇動的で、カトリック 教会と古き神聖ローマ帝国を激しく攻撃しました。これらのマニュフェストは、ロバート・フルッドの後に、シオンのプライオリーのグランド・マスターとして リストされている、ヨハン・ヴァレンティン・アンドレアによって書かれたと、今は一般的に信じられています。もしそれらがアンドレアによって書かれたもの で無いとしても、それらは確かに彼の仲間内の一人、または複数によって書かれたものです。

1616年、ローズクロスの第3のマニュフェスト、クリスチャン・ローゼンクロスの化学的な結婚式が現れました。以前の2つのマニュフェスト同様に、化学的結婚式は元々、無名の著作でしたが、アンドレア自身が後に、冗談、または喜劇として書いたと告白しています。

化学的結婚式は複雑なヘルメス的例え話で、その後には、ゲーテのファウストの様な作品を影響しました。フランシス・イェイツが証明した様に、それはロバート・フルッドにも影響を与えた、イングランド人の秘儀主義者、ジョン・ディーの間違う事の出来ないエコーを含みます。

<中略>

簡 単にまとめると、匿名のローズクロス達と彼等の同情者達は、スピリット的と政治的の両方において、使命的な感覚でフレデリックに投資したようです。そして フレデリックは彼の上に重ねられた役割を、それが意味した希望と期待と共に、用意周到に受け入れた様です。故に、1618年に彼は、その国の反抗的な反乱 軍によって提供されたボヘミアの王冠を受け入れました。そうする事において、彼は教皇制と神聖ローマ帝国の激怒を買い、そして30年戦争の混沌へと結果しました。2年の内に、彼とエリザベス(ステューワト)はオランダへと追放され、ヘイデルベルグ家(王朝)は、カトリックの軍隊に倒されました。そしてそれに続く25年間、20世紀以前のヨーロッパにおける、最も苦しく、血塗られた戦乱の主要な戦場にドイツは成り - その戦乱においてその教会(ヴァチカン)は、彼女が中世の間に楽しんだ覇権を強要する事に殆ど成功しました。

ヴェニスの金融的毒蛇達P77

1)一方で、モーゼスよりも古代の出元であるヘルメス・トリスメギスタスからの根幹を主張する事によって、ヘルメティカはまた、教皇制の権力が基づいているヤーウェイ主義者の啓示よりも古い、知識の隠された伝統に基づいていると主張します。
2)もう一方で、生贄/犠牲借金に欠如した用語における隠喩で枠組みする事によって、そしてそれにおいて人自身を、神と共に永遠的で共同-創造主とする事で、ヘルメス主義は、中世後期の北部イタリアにおいて台頭し始めた借金としてのお金の銀行業システムと、そしてまたローマの教会(ヴァチカン)の正に聖礼的犠牲/生贄のシステムに、もう一打撃加えました。

ゾディアックのサイン

ゾディアックのサインは、それによって12の星座が代理される、12種の任意的なサイン、または文字です。それらは、以下のものです:

1Zodiac Symbols1

こ れらは、疑う余地無く、古代人達のヒエログリフ(象形文字)、または絵文字にそれらの起源を有しました。牡羊座のサインは、胆略的ですが雄羊の頭と角の体 現が認識出来ます。牡牛座においては、雄牛の顔と角です。双子座が表わすのは双子で、抱擁し合う腕と共に、お互いの横に座っています。キャスター星とポ ロックス星の太古の像は、2つの横棒によって繋げられた2本の直立の樹の棒でした。蟹座は、蟹のハサミとの類似性を保っています。獅子座は、伏せているラ イオンを意図しているのかも知れないし、現在、大鍬として呼ばれているその主要な星々のグループを、想像的な線で繋げた時に、そのサインによく似た形に成 るためかも知れません。乙女座においては、類似性の意味が失われてしまった様です。天秤座は、秤の棒の単純な絵です。蠍座のサインは、毒を持つ生き物の針 を表しています。射手座、アーチャーは、彼の矢と、弓の一部で上手く表されています。山羊座においては、類似性が再び失われた様で;水瓶座においては、水 を意味する海の波を、私達は認識します。魚座においては、一つに繋げられた2尾の魚が今でも明らかです。

様々な星座の、生き物のエンブレム的で、元々の絵的な代理が、記述における速さと簡単さのために、文字の様なこれ等の任意的なサインに成った事を理解するのはとても簡単です。

42 ページの反対において、ゾディアックの形における、12の星座の絵的な表しが与えられ、任意的なサインが、それらに対するそれぞれの場所を代理していま す。太陽、月、そしてそれぞれの惑星もまた、古代人達によってヒエログリフ的で天文学的なサインが代理され、以下のものです:

5solsys

惑星的なサインも、ゾディアック的なものと同じ方法に由来しました。太陽のためのサインは、「輪の中の点」で - その点は地球を表し、そしてその輪は黄道です。月は、相応しく、三日月で表されています。水星のサインにおいて、私達はその神(ヘルメス)のカデュセウス(聖杖)を有し、棒の周りにとぐろした2匹の蛇を有します。金星は太古の手鏡の絵で代理されています。木星のための惑星的なサインの起源は、明らかではありません。ある人達が提案する様に、それは鷲には全く似ていないし、ギリシャのゼウスの 頭文字にも、全く似ていませんし;その他に、ヒエログリフは常に、文字では無く、物体の表現です。このサインは、どちらかと言うと、太古の数字的な4に似 ていて、(もし、古代人達の様に、地球に数字をつけないなら)木星は太陽から4番目の惑星で、この類推は偶然では無いかも知れません。最後に土星は、太古 の形状における、彼の大鍬によって代理されています。

黄道
2Ecliptic animation

こ れ等の任意的な惑星と星座のためのサインは、とても大昔から、私達へと至りました。それらの一般的な使用は、それがアラビア、またはヒンドゥーの数字の様 に、一種の天文学的な速記法として、全ての文明化された国家の大いなる徳と成り、彼等の言語、または通常の筆記の文字がどれだけ異なっていようとも、全て の国々において同等に良く理解され、航海や、その他の使用のための天文学的なテーブルは、文明化された世界のどの部分においても、簡単に読まれました。こ れの大いなる便利さはとても明らかなので、コメントは必要ないでしょう。ゾディアックが、12の星座へと分別され、ゾディアックのサインが発案されたのが 何時なのかは、過去の究極の古さの中で失われてしまいました。現在における最善の意見は、ゾディアックがヒンドゥーから派生し、エジプト人達に渡り、アラ ビア人達に与え、彼等はそれを保存し、順を追って、私達へと伝えられたと言う事です。しかしながら、彼の「先史時代の国家」の中で、ボールドウィンは、先 史時代においてそれが、太古のアラビア人達に起因した高い可能性を証明します。ゾディアックのサインが使われ始めた時、または太古の星空のどの学生達がそ れらを開発したのかは、故に推測以外は知られていません。

ゾディアックには、4つの主要な点があり:それらは夏至/冬至春分/秋分の点で、ゾディアックの輪を4つの同等の部分(四季)へと分け、前述の図表において正しく表されています。それらの4つの点は、古代においてフォーマルハウト星アルデバラン星レギュラス星、そしてアンタレス星によって目印しされました。

1zodi.png

The Solstitial Points 夏至/冬至の点     50
夏至/冬至点

夏至/冬至の点は、夏の間の赤道の北と、冬の間の赤道の南の、太陽の運動(通り道)に言及します。それらは、太陽のこの運動の、北方と南方の限界点を印す点です。太陽が最も北に来る夏至(6月21日)は、蟹座の中にあり、彼の南方の限界点、または冬至(12月21日)山羊座の中にあります。赤道の南北の太陽の距離は、彼の北方、または南方のデクリネーション(下降)と呼ばれています。太陽が、夏至/冬至の点に届いた時、彼はもう一方の方向(北であれば南へ、南であれば北)へ逆戻りし始め - 最初はとてもゆっくりで、短期間の間は、静止している様に見えます。これらの地点が、ラテン語の言葉、sol、太陽と、sistere-stiti、静止するから、「solstitial(夏至/冬至)」と呼ばれるのは、このためです。6月に太陽が蟹座に 入り、そして彼の北方の最大のディクリネーション(夏至)に届く時、彼の光線はより縦的に成り、赤道の北の全ての国々において、冬と春から夏に変わる原因 に成ります。一つの solstitial の点からもう一つ(夏至から冬至/冬至から夏至)への太陽の移動は、季節の変化の原因です。

太陽的な1年(の通り道)
4solar year

The Equinoctial Points 春分/秋分点     50
春分/秋分点

太陽が天界的な赤道を渡る点があり、ゾディアックの輪の、彼の1年の進行において、彼が必然的に2度通る、2つの正反対の地点で、空間において180度、そして時間において6か月離れています。太陽が北に向かい春において渡る点は、春分(3月21日)と呼ばれ;そしてもう一つ、その6か月後に、彼が南に向かい渡る点は、秋分(9月21日)と呼ばれます。これらの地点において、昼夜の長さが同等で、2つのラテン語の言葉、aquus 、同等と、nox、夜から、equinoctial (春分/秋分)の点と呼ばれるのはこのためです。これらの2つの地点は、牡羊座と天秤座の中にあり、そしてゾディアックの図表の中で、そう記されています。

春 分/秋分と夏至/冬至と、天界的な赤道の比較的な地点は、以下に続く図表から、より分かりやすく理解されるでしょう。図の中に表されている様に、水平に横 たわるフープ(輪)があると想像し、その中に傾いたもう一つのフープがあると想像して:その水平のフープは、celestial equator (天界的な赤道)と記され、赤道で;そしてその周りにゾディアックのサインが表示されたもう一つは黄道、または太陽の明らか な通り道( ecliptic & apparent path of sun )です。地球は、その中央にあり、その赤道は天界的な赤道と同じ平面上です。(注:以下の図にはありませんが)地球の赤道は e e で印されます。f f の線は、黄道と同じ平面です。地球の赤道の上と下にあり、平行なもう二つの線は、蟹座と山羊座のトロピクス(回帰線)で、天界において延長された同じ線と 共に平行で、回帰線として記されています。

5EclipticSignModel.jpg

黄道と赤道の輪が交差する唯一の2つの地点は、勿論、お互いから正反対です。これらは春分/秋分点で、牡羊座と天秤座で印されています。夏至/冬至の 点は、蟹座と山羊座で印されています。さて、太陽が牡羊座、または春分を離れて蟹座に届くまで、彼の通り道(牡羊座→牡牛座→双子座/時計の面に例えると 9時から12時)が上向きなのは明らかで、そして其処(蟹座)で彼は天界的な赤道と同時に地球( e e )における、最も高い北の地点に届きます。これが夏至です。蟹座を離れると太陽は、9月23日(または、覚えやすい様に21日)に天秤座に届くまで、獅子座と乙女座を通って下降しながら南に向かって下降し(12時から3時)、それが秋分です。この地点から太陽は、12月23日(または、21日)に山羊座において冬至に届くまで、蠍座と射手座を通って下降し続け(3時から6時)、其処(冬至)で太陽は、彼の最も低い南方の下降(デクリネーション)に届きます。彼は今、夏至において彼が北にあったのと同等に遠く離れて天界の赤道の南に位置します。

山羊座から太陽は、再び春分点に届くまで、水瓶座と魚座を通って上昇し続けます(6時から9時)。これらの4つの基本的な点、夏至/冬至の2つと、春分秋分は共に一所に、故に1年の四季の指標で;太陽が春分に届いた時、が始まり;彼が蟹座に進むとが始まります。秋分における彼の到着はの始まりを印し;そして彼が終に山羊座の回帰線(冬至)に届くと、が始まります。

The Precession of the Equinoxes 歳差運動    52
歳差運動

これは、太陽が、毎年、同じ地点を渡らない、常に変化し続ける場所の、徐々の変化に与えられた名前で;対照的に太陽がゾディアックの輪の1周を完結させる度に、太陽は、一定の率(72年に1度の角度)で - 春分/秋分点が毎年後進する結果として - 太陽は、前の年よりも、やや微妙な距離後ろの地点において、(天界の)赤道を渡ります。もし貴方が、上記のゾディアック的な地点の図表を検証し、固定されたままの赤道の中の黄道の輪の中軸が、蟹座に向かって回転させられ - 2つの輪の間の接点が保存され、それらが交差する角度が変化しないとすれば - 貴方はこの現象の効果の、鮮明なアイデアを得る事が出来るでしょう。牡羊座と して印された地点は、魚座に印された地点がその2つの輪の交差地点に来るまで、その赤道上で、ゆっくりと前進させられるでしょう。そうなると、魚座が現段 階において、春分点上に成るでしょう。時間において、この運動が続けられると、(今度は)水瓶座がその場所に位置する、等々です。(注:現在、2015年に春分点にあるのは水瓶座です。

太陽が赤道を渡る地点は、その昔、牡羊座の中でしたが、何世紀にも渡るその長い行程において、太陽が交差する地点は、その星座の最初の角度から、30度後進し、よって春分点は今、実際には魚座(注:水瓶座)の中にあり;または、言葉を変えると太陽は、3月21日に魚座(注:水瓶座)の星々の中に入り、そして22世紀前に、ヒッパルカスが報告した様に、牡羊座の中ではもうありません。太陽が、天界的な赤道を交差するその場所は、しかしながら、牡羊座のサインによって印され続け、今でも印され、今後も印されるので牡羊座のサインは今、ゾディアックの星座の魚座(注:水瓶座)の位置を印します(注:本来なら、今現在、水瓶座が春分点/9時の位置にあるはずですが、ゾディアックにおいては、常に牡羊座が春分点/9時の位置にあります/上記のゾディアック-時計を参照して下さい)。サインと星座は故に、もう同じ場所にはありません。ですから(42ページの)私達のゾディアックの図を厳密に正確にするためには、牡羊座の サインが、魚座(注:水瓶座)に対して置かれ(i.e. 水瓶座が春分点/9時の位置にあり)、牡牛座が双子座(注:蟹座)の位置にあり、そして双子座が蟹座(注:獅子座)の位置にずれていて、そしてその輪全体 がその様にずれます。それがそう表されていないのは、単純化と使いやすさのためです。ですから、天文学的な言語において、夏至が蟹座の中にあると言われた 時、それは当時の太陽が、蟹座の中にあった事を意味し、現在は実際に双子座(注:牡牛座)の中に入ります。同様な方法で、冬至は、山羊座のサインの中ですが、実際には射手座(注:蠍座)の中にあり;秋分は天秤座のサインですが、乙女座(注:獅子座)の中にあります。

この歳差運動は、今でも継続していますが、ゾディアックの4つの基準的な地点は、太陽が実際に現在入る星座に関わりなく、常に、蟹座(夏至)、山羊座(冬至)、牡羊座(春分)、そして天秤座(秋分)によって印されます。星々のこの明らかな運動を、天界の面に対して、天文学者達が記録出来るのは、この方法によってです。この現象が、春分点の実際の後進なのに、イクイノックスの前進(歳差運動)と呼ばれるのは、しかしながら、星々が明らかに前進している様に現れるので、「前進(歳差)」と呼ばれています。

こ の運動の率は、長期的に継続された観測によって判断され、毎年50秒と4分の1でしかありません(i.e. 72年に1度)。故に、春分点が1つのサインを通り抜ける、または30度、後進するのに、2,140年かかります。ゾディアックの輪の全体の回転が完了す るには、25,791年かかります。この期間は大いなるプラトン的な年(グレート・イヤー)と呼ばれるのは、その哲学者が、その期間が過ぎると、世界が新たに始まると教えたためです。

その星々の最初のカタログを造ったヒッパルカスは、天文学の父と呼ばれ、その星々の運動を観測した最初の人です。当時、22世紀前、春分点は、牡羊座の最初の1度の角度であったと報告します。

「ヒンドゥーの天文学者、ヴァラハは、春分点が その昔、Aslcha(獅子座)の真ん中に、そして秋分が Dhanishta(水 瓶座)の1度にあったと明言します。その時から、夏至/冬至と同時に、春分/秋分点は、黄道において75度、後進しました。これが50と1/4で割られる と、5,373年を割り出します。サー W. ジョーンズは、ヴァラハが、夏至/冬至が蟹座と山羊座の最初の1度の中にあった時代、またはイエスの時代の約400年前に生きたと述べます。」 (Burritt)

太陽の年間の進行の、簡単な説明は、この働きの以下の部分の理解に大いに役立ちます。以下に続く事は、再びゾディアッ クの図を参照する事で、良く理解されるでしょう。古代人達は、1年を、春分点(9時の位置)から始めました。もし私達が太陽をその位置から始め、そして彼 の進行に続くと、3月における牡羊座を離れた後彼は次に、牡牛座(10時)と双子座(11時)のサインに入り、そして春分点から進む(上昇する)につれ、 太陽は日々、光、熱、そして磁気的な力において上昇します。6月21日(12時)には夏至に届き、夏が始まります。これは、1年で日中が最も長い日で、そ して太陽は、彼の大いなる輝きを得て、最も光りを発します。夏の月々を通して彼の熱と威力は最大級ですが、天秤座のサインの秋分点(3時)に近づくと、日 中は徐々に短く成り、そして彼が天秤座を出る頃には、それらは薄暗く成り急速に短く成ります。10月と11月において太陽は、蠍座(4時)と射手座(5 時)に入り、冷たく強い風が冬の到来を知らせます。太陽は、日々、力を失って行き、山羊座において冬至(6時)が届くまで、彼の光線は更に弱く青白く成り ます。この地点に起こるのが1年で日中が1番短い日で、そしてそれ以後、太陽は、近づく牡羊座と春分が再び現れ、彼が生き返る兆しを見せるまで、冬の冷た い抱擁の中で、死んで横たわっているかのように見えます。牡羊座(9時)に届くと、太陽は再び彼の力を発揮し出します。彼の復活してきた光線の下で、雪と 氷は解け、そして植物が姿を現し始めます。

春分の後、太陽は急速に彼の活力を取り戻し、冬の不活性さと死から、彼と共に自然の全てが芽吹きます。地球と天界は、再び光と美の中に覆われ、新たな生命において喜びます。古代人達が、彼等の詩的で例え話的な言語において、秋と冬に太陽が倒される事を表し、そして春と夏において、再び生命へと復活した事を表したのは、ゾディアックにおいて、太陽の年間の進行を印した現象のこの連続においてでした。

牡 羊座から伸びて、花と果実の季節を抱擁するゾディアックの部分(春/夏/9時から3時)は、生命、光、そして美の部分として描写する事が出来るかも知れ ず、その間、秋分(3時)から、蠍座(4時)射手座(5時)、山羊座(6時)を通って最後の点、魚座(8時)までは、同様な方法で、暗闇、冬、そして死の 領域と描写出来るかも知れません。

ヘルメス主義

神秘主義とは、絶対者(神、最高実在、宇宙の究極的根拠などとされる存在)を、その絶対性のままに人間が自己の内面で直接に体験しようとする立場のことである。

概要

英語: mysticism などが「神秘主義」と訳されている。この mysticism の語源をたどると ギリシア語: myein(眼や口を閉じる)に由来するとされており、こうした表現が選ばれたことにより、すでに通常の表現が許されない経験が示唆されている。

神秘主義の根本的な特質は、umio mystica (ウミオ・ミスティカ、神秘的合一)と呼ばれる、絶対者と自己との合一体験に ある。行うことが人間を超えた絶対者との合一であり、通常の自己からすれば絶対的に他なる者との合一であるから、それは必然的に自己からの脱却、あるいは 自己という枠を突破することを意味する。つまり絶対者との合一は、脱自を行うということになり、神秘家というのは、いわゆる脱我(=エクスタシー)を体験 している者である。その体験において、我々が普段“自己”と信じているものは、絶対者の前に吸収されつくして無になり、同時に絶対者は対象ではなくなり、 それが真の自己の根拠になる。このような、“自己”の徹底的な死と復活と言える脱我的合一が神秘体験の宗教的な核心となっているのである。

神秘的合一

神秘主義における神秘的合一は、あくまで自己自身の内面を通して体験される、自己の最内奥におけるできごとである。だからこそ、神秘主義では《》や《》が強調されるのである。(その点で、神秘主義というのは絶対者が世界にあるとする汎神論からは区別される。)

自己の最内奥において、“自己”が破られる体験であり、そこにおいて無限の深さが開かれることである。魂の内奥が“自己”という枠を超えて神の秘奥であるような内面性を体験するのである。

合一体験はその最初期においては絶対的受動性とともにある。自己が破られるという体験だからである。自己からは突破できない自我性の最後の壁が彼方から破られる。だが次に、それまで“自己”という枠によってふさがれてしまっていた《生の無限の泉》から新しい生命が湧き出てきて、それが自分の生命となる。逆説的なことに、絶対的受動性を経ることによって生の活発な高揚や無限感が与えられるのである。

こうした合一体験は、(日常的な感覚、当人以外の第三者が外面的・表層的に見ると)短い時間起きたように見え、長期間続いているようには見えない。だが、それを体験した主体としては、自己理解や世界理解が根本的に入れ替わるほどに決定的なことが起きている。

歴史

西洋で神秘主義の筆頭に挙げられるのが、古代ギリシャのエレウシスの秘儀である。類似のものとしてはオルペウス教、ピタゴラス教団などがある。やや時代を下り、ネオプラトニズム(新プラトン主義、キリスト教神秘主義、更にはヘルメス思想なども、代表的な神秘主義である。

ユダヤ教の代表的な神秘主義としてはカバラが、イスラーム圏の代表的な神秘主義としてはスーフィズムがある。

インドにおいては、バラモン教のウパニシャッドにおけるアートマン思想などが、典型的な神秘主義であり、ここから派生したヒンドゥー教や、仏教における密教なども含む、いわゆるタントラ教全般も、その典型である。なお、こうしたインドの神秘主義は、20世紀後半のニューエイジムーブメントに多大な影響を与えている。

中国では道教の神仙思想、日本では密教及び修験道などが、代表的な神秘主義である。

修験道

修験道(しゅげんどう)は、山へ籠もって厳しい修行を行うことにより、悟りを得ることを目的とする日本古来の山岳信仰が仏教に取り入れられた日本独特の混淆宗教である。修験宗ともいう。修験道の実践者を修験者または山伏という。

やまぶし1

古神道は、森羅万象に命や神霊が宿るとして、神奈備(かむなび)や磐座(いわくら)を信仰の対象としたが、それらを包括する山岳信仰と仏教が習合し、さらには密教などの要素も加味されて確立した日本独特の宗教が、修験道である。

修験道は、平安時代のころから盛んに信仰されるようになった。その信仰の源は、すでに8世紀からみられた、仏教伝来以前からの日本土着の神々への信仰(古神道)と、仏教の信仰とを融合させる「神仏習合」の動きの中に求められる。神仏習合は徐々に広まり、神社の境内に神宮寺が、寺院の境内に「鎮守」としての守護神の社が、それぞれ建てられ、神職、あるいは僧職が神前で読経を行うなどした。そして、それらの神仏習合の動きと、仏教の一派である密教(天台宗・真言宗)で行われていた山中での修行と、さらに日本古来の山岳信仰とが結びついて、修験道という独自の信仰が成立していった。このように、修験道は、密教との関わりが深かったため、仏教の一派とされることもある。

密教

密教(みっきょう)とは「秘密の教え」を意味する。一般的には、大乗仏教の中の秘密教を指し、「秘密仏教」の略称とも言われる。中国語圏では一般に「密宗」(ミイゾン)という。

概説

一般の大乗仏教(顕教)が民衆に向かって広く教義を言葉や文字で説くのに対して、密教は極めて神秘主義的・象徴主義的な教義を教団内部の師資相承によって伝持する。この点に密教の特徴がある。 また別の面からは、密教とは言語では表現できない「仏の覚り」それ自体を伝えるものであり、「仏の覚り」とその方法が凡夫の理解を超えているという点で「秘密の教え」であるということが密教の密教たる所以だともいう。これらとは異なり、密教の「密」とは「顕」に対する「密」ではなく、ソグド語で「日、太陽」(七曜の内の日曜)を意味する言葉である「ミール」 (Mir) を漢字で「密、蜜」と音訳したものとする説もある。

本 来、密教は文字によらない教えであり、先に述べたように顕教では経典類の文字によって全ての信者に教えが開かれているのに対し密教は、空海の詩文集『性霊 集』で「それ曼荼羅の深法、諸仏の秘印は、談説に時あり、流伝は機にとどまる。恵果大師が、伝授の方法を説きたまえり。末葉に、伝うる者敢えて三昧耶戒に 違反してはならないと。与奪は我(空海)が意志に非ず、密教の教えを得るか否かはきみの情(こころ)にかかれり。ただ、手を握りて印を結んで、誓いを立てて契約し、口に伝えて、心に授けるのみ。」と述べているように、「阿字観」等に代表される不生の三昧(瞑想)を重んじ、曼荼羅や法具類、灌頂の儀式を伴う「印信」や「三昧耶形」等の象徴的な教えを旨とし、それを授かった者以外には示してはならないとされた。これは、灌頂が儀式の中で段階的に、行いを重視する「小乗戒」と、心のあり方を重視する「大乗戒」と、中期密教に始まる、象徴を理解するための基礎の「三昧耶戒」と、それに加えて無上瑜伽タントラでは、後期密教における仏智を軸とする発展的な三昧耶戒である「無上瑜伽戒」を与え、心身における全的覚醒を促し、密教に必要な諸々の戒律を参加者に与えることにより、その対象を限定した上で、「秘密とされる灌頂の授者を生きたまま(即身)諸仏の曼荼羅に生じせしめる」からである。

それゆえ弘法大師空海は、密教が顕教と異なる点を『弁顕密二教論』の中で「密教の三原則」として以下のように挙げている。

法身説法(法身は、自ら説法している。)
果分可説(仏道の結果である覚りは、説くことができる。
即身成仏(この身このままで、仏となることができる。)

いわゆるそれまでの小乗仏教(声聞・縁覚)が成仏を否定して阿羅漢の果を説き、さらには大乗仏教が女人成仏を否定し、無限の時間(三阿僧祇劫)を費やすことによる成仏を説くのに対して、密教は老若男女を問わず今世(この世)における成仏である「即身成仏」を説いたことによって、画期的な仏教の教えとして当時は驚きをもって迎え入れられた。この点での中期密教と後期密教との差異はというと、中期密教は出家成仏を建前とするのに対して、後期密教は仏智を得ることができれば出家や在家に関係なく成仏するとしている点である。

密 教においては、師が弟子に対して教義を完全に相承したことを証する儀式を伝法灌頂といい、その教えが余すところなく伝えられたことを称して「瀉瓶(しゃ びょう)の如し」といい、受者である弟子に対して阿闍梨(教師)の称号と資格を与えるものである。いわゆるインド密教を継承したチベット密教がかつて一般 に「ラマ教」と称されたのは、チベット密教では師資相承における個別の伝承である血脈を特に重んじ、自身の「根本ラマ」(師僧)に対して献身的に帰依する という特徴を捉えたものである。

日本の密教の宗派

日本の伝統的な宗派としては、空海が唐の青龍寺恵果に受法して請来し、真言密教として体系付けた真言宗(即身成仏と鎮護国家を二大テーゼとしている)と、最澄によって創始され、円仁、円珍、安然らによって完成された日本天台宗の 継承する密教が日本密教に分類される。真言宗が密教専修であるのに対し、天台宗は天台・密教・戒律・禅の四宗相承である点が異なっている。真言宗の密教は 東密と呼ばれ、日本天台宗の密教は台密とも呼ばれる。東密とは「東寺(教王護国寺)の密教」、台密は「天台宗の密教」の意味である。この体系的に請来され て完成された東密、台密を純密(じゅんみつ)というのに対し、純密以前に断片的に請来され信仰された飛鳥時代の聖徳太子の遺品等や奈良時代に見る密教を雑 密(ぞうみつ)、東大寺の大仏開眼と戒壇建立に前後する、鑑真和上から入唐八家による請来までを古密教(こみっきょう)という。

日本の密教は霊山を神聖視する在来の山岳信仰とも結びつき、修験道など後の「神仏習合」の主体ともなった。各地の寺院・権現に伝わる山岳曼荼羅には両方の要素や浄土信仰の影響が認められる。

道教

2陰陽

音楽、色、ピタゴラス

The Pythagorean Theory of Music and Color
音楽と色のピタゴラス理論
マンリーP.ホール著
より引用:
http://www.sacred-texts.com/eso/sta/sta19.htm

調和とは、偉大な哲学者達によって認識された、美の直接の不可欠な前提条件です。その各部分が、コンビネーションにおいて調和的である時にのみ、その複合体は美しいと称されます。この世界は美しいと呼ばれ、その創造主はと 指定されるのは、何故なら善は必然的にそれ自体の本質と協調して行動しなければならないからです;そしてそれ自体の本質に沿って行動する善は調和で、何故 なら、それが達成する善は、それが善である事自体と調和的だからです。美は、故に、形状の世界において、それ自体の固有の本質を現わしている調和です。」

「こ の宇宙は、善の連続的な段階的な変化によって出来ており、これらの段階的な変化は、物質(最低限の善の段階)から魂(最大限の善の段階)へと昇ります。人 において、その人の、より優れた本質はsummum bonum(ラテン語:最高善)です。それ故に、人の最高の本質が善を最も容易に認識するのは、この世界の中の、その人の外側にある善は、その人の魂の中 にある善と調和的な比率であるからです。人が邪悪と定義するものは故に、物質と同様に、単にそれ自体の反対の最低限の段階で す。この善の最低限の段階は、同様に調和と美の最低限の段階を前提します。故に歪み(邪悪)は、実際には、自然的であれば個々の単位として調和的である要 素の、最も調和的で無いコンビネーションです。全ての物事の合計がであるために、歪みは不自然であり、全ての物事がを共にするべきなのは自然であり、調和的なコンビネーションにアレンジされるべきです。調和は永遠の意志の表現の現れです。」

音楽の哲学より:

「芸術の祖として考えられているヘルメスか ら、古代エジプト人が学び、続いて古代ギリシャ人がエジプト人より、音楽の哲学的な、セラピー的な要素の知識を得た可能性は高いでしょう。伝説によると、 この神は、亀の甲羅の凹みの上に弦を張る事によって最初の琴を造ったとされます。イシスとオシリスの両方が、音楽と詩のパトロンです。プラトンは、エジプト人の中のこれらの芸術の古さを描写するにおいて、歌と詩はエジプトに、少なくとも1万年存在し、これらは遥かに崇高で感激させられる本質なので、神々か、もしくは神の様な人々によってのみ造られたと宣言しました。琴の謎は、人間の構造の秘密と考えられ、その楽器の本体は物質的な形状を表しており、その弦が神経細胞で、音楽家がその魂であると考えられました。神経の上で演奏する事で、魂は故に正常な機能の調和をしますが、しかしながら、もし人の本質が汚されているのなら不協和音になります。」

「古代の中国人、インド人、ペルシャ人、エジプト人、イスラエル(i.e.ヘブライ)人、そしてギリシャ人が、宗教的なセレモニーにおいて、声と楽器の両方を使用し、そしてまた、彼等の詩や劇を補佐しましたが、その数学的な基礎を証明する事によって、その芸術を真の気品へと高揚させたのはピタゴラスです。彼自身は、音楽家ではなかったと言われますが、ピタゴラスは現在、全音階を発見した人物だとされています。彼が、受け入れられた様々な神秘の神官達から、神々しい音楽の理論を最初に学んでから、ピタゴラスは数年間、協和音不協和音を支配する法について熟考しました。彼がどう実際にその問題を解いたのかは知られていませんが、以下の説明が発明されました。」

「ピ タゴラスが其処で発見したのは、第1と第4の弦が一所に鳴らされた時、オクターブ(音階)の調和的な間隔が産出される事で、重石を倍にすると、弦を半分に する効果があるという事です。最初の弦の張りが第4の弦の2倍で、それらの比率は2対1、もしくはドュプルとされました。似たような実験で彼は、第1と第 3の弦は、ディアぺンテ、または1/5間隔の調和を産出すると主張しました。最初の弦の張りが第3の弦の再び半分なので、それらの比率は3対2、またはセ スクイアルターとされました。同様に、第2と第4の弦は、第1と第3の弦と同じ比率を持ち、ディアペンテの調和を産み出しました。彼の調査を続けピタゴラ スは、第1と第2の弦がディアテッサロン、または1/3の調和を産む事を発見し;最初の弦の張りは第2の弦より1/3大きいので、それらの比率は4対3、 またはセスクイテルシアンとされました。第3と第4の弦は、第1と第2の弦と同じ比率を持ち、もう一つのディアテッサロンの調和を産み出しました。イアンブリカスによると、第2と第3の弦の比率は8対9、またはエポグドアンだったとされます。」

「調和的な比率への鍵は、有名なピタゴラスのテトラクティス、または点のピラミッドに隠されています。

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テ トラクティスは最初の4つの数字–1、2、3、と4で構成され、それらの間隔は、オクターブと、ディアペンテと、ディアテッサロンの均整を明かします。 上に記述された調和的な間隔の法則は真実である間、引き続き証明されたのは、描写された様にハンマーで金属を叩く事は、それらに帰された様々なトーン (音)を産出しない事です。全ての可能性において、それ故に、ピタゴラスは実際には、彼の調和の理論をモノコード(単一のコード)、–2つのペッグの間 に張られた弦と移動出来るフレットの仕組みから考え出したのでしょう。」

天界のモノコード
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ピタゴラスにとって、音楽とは、数学の神聖な科学の付属の一つであって、その調和は数学的な均整によって柔軟性無くコントロールされたものでした。ピタゴラス派は、善がこの宇宙を確立し、保つ正確な方法を数学が証明していると断言しました。数字は故に調和的な均整を支配する不変の法であるので、調和より先に来るものであるとしました。こ れらの調和的な比率を発見した後、ピタゴラスは、彼の弟子達に徐々にこの彼の神秘の最高の秘密の奥義を教えました。彼は創造の多数の部分を巨大な数の平 面、または球体に分割し、そのそれぞれに一つのトーン、調和的な間隔、数字、名前、色、そして形状を割り当てました。彼はそれから彼の推論が正確であると 証明するために、最も抽象的で理論的な前提から、最もしっかりとした幾何学的な塊まで、ありとあらゆる知性的かつ物質的な、異なった分野に(彼の理論を) 応用しました。証明のこれらの様々な方法の一般的な同意から、特定の自然の法則の、争う余地のない存在を彼は確立しました。」

「音楽を正 確な科学として確立すると、ピタゴラスは彼の新たに発見された調和的な間隔の法則を、自然の全ての現象、それぞれの惑星と星座と、そしてそれぞれの要素の 調和的な関係を証明する事にさえも応用しました。太古の哲学的な教えと近代とのコラボレーションの記述事の例は、調和的な比率に従う要素の前進です。原子 の重さに従って各要素の順番の表を制作する間に、ジョン A. ニューランズは、8個毎の要素が性質の独自の繰り返しである事を発見しました。この発見は、近代化学において、オクターブの法則として知られています。」

「彼等が調和は知覚感覚ではなく、理由と数学によって決定されなければならないと確信したので、ピタゴラス派は、彼等自身を”カノニクス”と呼び、好みと本能が調和の真の基準的な原則とした”調和的な学校”の音楽家達と区別させました。しかしながら、感覚と感情における音楽の意味深い効果を認識し、ピタゴラスは、彼が”音楽的な医療”と命名したものでマインドと身体を影響させる事を躊躇しませんでした。

「恐らくピタゴラスは、ギリシャのつ のモードと惑星(日、月、火、水、木、金、土)の間の関係に気づいたのでしょう。プリニウスは土星がドリアン・モードで移動し、木星がフィリジアン・モー ドで移動すると宣言しています。また、気性が様々なモードに鍵されているのは明らかで、情熱においても同様です。故に、怒りは–それは燃え立つ様な情熱 なので–火のモードで強調され、もしくは水のモードで中和されます。」

球体(または影響範囲)の音楽より:

「最も崇高であるが、全てのピタゴラス的な推測の内で、殆ど知られていないのが、恒星で測定された和声学です。全ての人々の中で、球体の音楽を聞けたのはピタゴラスだけだと言われます。明らかに、天体が空を渡ってゆっくりと動く時に、それらが宇宙的な聖歌を一緒に歌うと考えたのは古代カルデア人が一番最初です。ジョブは「朝の星々が一所に歌った」時の描写を残し、そしてシェークスピア劇の「ヴェニスの商人」を書いた原作者は、「貴方が見れる最少の球体は無いが、その動きは天使の如く歌う」と書き残しました。しかしながら、天界的な音楽のピタゴラス・システムは殆ど残っておらず、ただ彼の実際の理論のおおよそだけが可能です。」

「ピ タゴラスは、宇宙は一つの巨大なモノコードとして、その単一の弦は上限で絶対魂と繋がり下限で絶対物質と繋がっていると考えました–言い換えると、天と 地の間に伸びた一本の弦です。天の円周から内側に数え、ピタゴラスは、何人かの権威によると、天を9つの部分に分けました;その他の人達によると、12の 部分とも言われます。その12分システムは以下の通りです:第1部はエンピリアン、または固定された星々の球体と呼ばれ、不死の者達の住処とされました。 第2部から第12部は(順番に)土星(の影響範囲)、木星、火星、太陽、金星、水星、そして月、そして火、空気、水、そして土です。この7つの惑星の並び (太陽と月は昔の天文学では、惑星に数えられていました)は、ユダヤの7枝ロウソク台の象徴と同じで–中央の幹が太陽を表し、両側の3つの枝分かれはそ れぞれ3つずつの惑星を表しています。」

「ピタゴラスによって全音階のそれぞれの音につけられた名は、マクロビウスによると、各天体の速度と規模の推測から引き出されました。これらの個々のジャイアント的な球体が、終わる事なく空間を移動するので、その継続的なエーテル的 な拡散の転置によって、特定のトーンが鳴ると信じられていました。これらのトーンが神聖な秩序と運動の現れなので、それは必然的に、それらはそれら自体が 源泉の調和を共にすると続かなければなりませんでした。「惑星は、地球の周りの公転において、各自の規模と、速度と、距離によって、異なった特定の音を上 げる」という主張は、ギリシャ人達によって一般的に成されました。故に土星は、一番遠くの惑星で、最も鈍い音とされ、月は一番近くなので、最も鋭い音とさ れました。7つの惑星のこれらの音と、固定された星々の影響範囲は、私達の上の9つの女神と共に、奏でる共同のシンフォニーはムネモシュネと呼ばれます。」(ザ・キャノン参照)この引用は、前述された宇宙の9重の分割への不透明な言及をしています。」

「ギ リシャの秘儀を受けた人はまた、それぞれの天空、または7つの惑星の球体(影響範囲)と7つの神聖な母音との間の原理的な関係も認識していました。最初の 天空は神聖な母音A(アルファ)を呟き;第2の天空は神聖な母音E(エプシロン);第3はH(エタ);第4、I(イオタ);第5、O(オミクロン);第 6、Y(ウプシロン);そして第7の天空は、神聖な母音Ω(オメガ)でした。これらの7つの天空が一緒に歌う時、創造主の王座への永続する讃えとして高揚 される、完璧な調和を産出するとされました。(イレナエウスの異端者に対して参照)そう記述されてはいませんが、恐らく惑星的な天空は、ピタゴラス的な秩 序で昇ると考えられ、月の球体から始まり、それが最初の天空に成るのでしょう。」

「初期の楽器の多くは7つの弦を持ち、ピタゴラスがター パンダーの琴に8つ目の弦を加えた事は、一般的に受け入れられています。7つの弦は常に人体におけるそれらの一致部分と各惑星に関連させられています。神 の名もまた、7つの惑星の調和のコンビネーションから形成されると考えられました。古代エジプト人は、彼等の神聖な歌を7つの主要な音に限定し、彼等の神 殿において他の音が呟かれるのを禁止しました。彼等の賛美歌の一つは以下の祈願を含みます:「7つの鳴るトーンが貴方を讃えます、大いなる神よ、宇宙全体 の止めどなく機能する聖父よ。」もう一つの中では、神が彼自身を以下の様に描写します:「我は天空の歌を奏でる、破壊する事が不可能な、宇宙全体の大いな る琴なり。(ナウマンの音楽の歴史参照)」

「ピタゴラス派が信じたのは、存在する全てに一つの声があり、全ての生物は永遠に創造主の讃え を歌っているという事です。人がこれらの神聖なメロディーを聞けないのは、人の魂が物質的な存在の幻想に捕われているからで、人が下限世界とその感覚の限 界の縛りを解き、自分自身を解放した時、黄金時代でそうだった様に、球体の音楽が再び聞こえる様になり、調和は調和を認識し、そして人の魂が真の状態を再び得た時、天界のコーラスが聞こえるだけでなく、存在の状態と無限数の部分をコントロールする永遠のを讃える、永遠に続く聖歌に加わると信じました。」


The Science of Music by Eric Dollard (3 of 12)
音楽の科学 エリック・ドラード
http://www.youtube.com/watch?v=Y9N34dawm00

「そ れはイタリア人達から始まりました。ポリフォーニック・ミュージックと呼ばれています。和音を同時に複数で扱う事を学んだのです。1500年代にです。そ の頃に、私達が理解する音楽が発明されました。アントニオ・ヴィヴァルディという名の神父とその他2、3のイタリア人達でした。そしてバッハがポリフォー ニック音楽のマスター/熟練者に成りました。ヘンデルがそれを流行させました。マーテイン・ルーターは始まりでした。彼が最初の音楽のピース/曲を書きま した。それはピタゴラス・モデル(モード?)の音楽でした。それら全ては、ピタゴラスから来ています。それらの破片しか残っていません。メジャーとマイ ナーと呼ばれます。それらはチャーチ・モードと呼ばれるものの一部です。それらはオリジナルのピタゴラス・システムから引き伸ばされました。バッハはその歪み要素を発見し、それを排除しました。そして純粋なアルゴリズムにしました。だからその後は全てがとげとげしく聞こえました。オルガンはアナログ・コンピューターで、鍵盤はデジタル・キーボードです・・・」


「彼 等の教義に含まれたギリシャの謎は、音楽と形状の間に存在する関係の壮大な概念です。例えば建築の要素は、音楽的なモードと音と比べられる事が出来る、ま たは音楽的な対の片方を持つと考えられていました。従って、幾つものこれらの要素が結合され一つの建物が建てられた時、その構造は音楽的なコードとしてな ぞられ、それは調和的な間隔の数学的な必要条件が完全に満たされた時だけ調和的でした。音と形状の間のこの類推を認識した時、ゲーテは、”建築はクリスタ ル化された音楽である”と宣言しました。」

「彼等の入会の神殿を建てるにおいて、古代の神官達は、振動として知られる現象の根底にある原則の、素晴らしい知識を頻繁に証明しました。神秘の儀式の大部分は、神への祈りと祈祷から成り、そのために特別な音響の 部屋が建設されました。その様な部屋での呟きは、更に強化増大されて、その振動は建物を揺らし、耳が聞こえなくなるような吠えになりました。神聖な建物の 建設に使用された木材や石材は、宗教的なセレモニーの音の振動によって完全に浸透され、やがては、叩かれると、繰り返してそれらの物質に儀式によって印象 づけられたトーンを産出する様になりました。」

「自然の中の全ての要素にはその個体的な鍵の音があります。もしこれらの要 素が合わせられ結合構造になると、結果するのはコードで、もしそれが鳴らされると、その結合をそれぞれの部分へと分解します。同様に、各個人にも鍵の音が あり、もしそれが鳴らされると、その人を破壊します。イスラエルのトランペットが鳴った時に崩れたジェリコの壁の例えは間違いなく個人の鍵の音、または振動の神秘的な重要性を明らかにする事を意図しています。」

パズルの破片

この時点で、私達は、集めた証拠を再検証するために、一時停止しました。それは私達を、驚きですが、間違う事の出来ない方向へ導いていました。ですが何 故、この証拠が以前に、学者達に集められた事が一度も無かったのだろう?と私達は不思議に思いました。それは確かに、何世紀もの間、簡単に利用可能でし た。何故、私達が知る限り、それを今まで総合して、もし例え推理的であったとしても、全く明らかな様に見える結論を、一人も引き出さ無かったのでしょう? その様な結論は、数世紀前までは厳密にタブーで - そしてもし公表されれば、厳しく厳罰されたのは確かです。ですが、過去二百年の間、その様な危険性は ありませんでした。何故、すると、そのパズルの破片は、理解可能な全体性へと集められなかったのでしょう?

これらの問いへの答えは、私達 自身の時代と、それを特徴化する思考のモード、または習慣にあると、私達は気付きました。18世紀の啓蒙運動と呼ばれるもの以来、西洋文化と意識の方向性 は、総合よりもむしろ、分析にむかって来ました。私達の時代の結果として、それは益々増え続け特殊化するものです。この傾向に沿って現代の学術は、特殊化 /専門化に過度な強調を置き - それは、現代の大学が実証する様に、はっきりと異なった「学術/学部」に知識を分散させる事を示唆し、必然とします。そ の結果として、私達の調査によってカバーされた様々な分野は、伝統的に、とても別々の分野へとコンパートメント化されていました。それぞれ のコンパートメントにおいて、関連する資料は、その分野におけるスペシャリスト、または「専門家」によって検証され評価されました。ですがもし一人でもい たとしても、それらの専門家達の中に、彼等の特殊な分野と、それと頻繁に重なり合うかも知れないその他の分野との間の関連性を確立しようと試みた者はあま りいませんでした。実際に、その様な専門家は一般的に、彼等自身のもの以外の分野を、相当な疑いと共に見る傾向があり、最悪の場合、まがいものとして見 て、最善でも無関係として見ます。そしていいとこ取り、または「間学術的」な研究は、いろいろ言われる中、推理的過ぎると、積極的に止めさせられます。
神聖な血と聖杯、ベイジェント&リー&リンコーン、1982年、309-310ページ

仮現説

「仮現説では、イエスの完全な人間化を否定するので、十字架の上で苦しんだり死んだりすること(受難)はなく、肉体を棄てて神的存在に戻るだけであると考える。したがって「肉体の復活」はなく、『福音書』などに見られる復活のイエスは、霊的に現われて啓示を伝えたものであるとする。また、当然の帰結として、「贖罪」信仰は成り立たない。

贖罪

「キリスト教以前のユダヤ教義(タルムード)からの影響を受けた捉え方である。」

脳の周波数

Beat Frequency of the Brain
脳のビート振動率/周波数

ファレル博士の
遺伝子、巨人達、怪物達、そして人々、125ページより:

「脳にはそれ自体の”ビート”がある、」とキャノンは記述します。この事実は1924年に、ドイツの心理学者、ハンス・バーガーによって発見されました。バーガーはこう観測しました:

「2 つのはっきり異なるフリクエンシーがあり:アルファ(毎秒8-13サイクル)はリラックスと警戒の状態に関連していて、そしてベータ(毎秒14-30サイ クル)は、動揺と強い精神的な集中の状態の間に産出されました。その後、その他のリズムが発見され、それらは、私達の現在の目的に特に重要で:テタ(毎秒 4-7サイクル)は催眠誘発的な状態で、そしてデルタ(毎秒0.5-3.5サイクル)は、一般的に眠っている対象において見つけられます。」

こ れらの公に入手可能な事実は、1970年代後期から1980年代に入る頃に始まった、新たな「産業」全体の土台に成り、賢い発明家達は「ヘミ-シンク」の 様な機械を造り、それはヘッドフォンの様な機器で、「やや異なったフリクエンシーをそれぞれの耳に産出し」、それを脳がそれらの間の違いを計算し、一種の 「ビート・フリクエンシー」に結果し、それにそれ自体(脳波)を同調させます。言葉を変えると、「その電気的なジョギングのパートナーと共に、対象の脳波 図は減速したり加速したりします。」

このビート・フリクエンシーのアイデアは、奇妙で、重要でさえない様に見えるかも知れませんが、それは実際に「スカラー電磁学」と呼ばれるものの、最重要な機能的原則で、そして一言、二言の説明が故に、此処において意義があるでしょう。この種の現象の土台の全体は干渉法で、そして「ビート・フリクエンシー」の確率を、運動のための型板にします。そしてその「ビート・フリクエンシーの型板」を確立する方法は、異なったフリクエンシーの部分の2つ、またはそれ以上を、邪魔する、または混ぜる事で行われます。これら全ての邪魔された、または混ぜられたフリクエンシーの間の違いは次に、「縦波」 を設定し、それはビート・フリクエンシーに基づいています。少々ぎこちないですが、人は、単純な類推として、一握りの異なった大きさの小石を、穏やかな水 面の池に投げ入れる事を想像出来るでしょう。水面に落ちるとそれぞれの小石は波のパターンを産出し、そしてこれらのパターンは交差し、混ざり合い、ビー ト・フリクエンシーの縦波を代理する、一時的なパターンを水面に確立します。脳が同調するのはこのパターンまたは型板で、この点は、この章の後の部分において欠かせなくなります。