逆2乗の法則

逆2乗の法則(ぎゃくにじょうのほうそく、英: inverse square law)とは、物理量の大きさがその発生源からの距離の 2 乗に反比例する、という法則である。逆 2 乗とは 2 乗の逆数のことであり、この法則はしばしば、ある物理量の大きさがその発生源からの距離の逆 2 乗に比例する、という形でも述べられる。逆2乗の法則はしばしば短縮して逆2乗則とも呼ばれる。

逆2乗の法則は冪乗則の一種であり、様々な物理現象の中に見出すことができる。以下の節では自然科学と物理学の歴史の中で特に重要な例について述べる。逆2乗の法則の発見により、物理学者は何らかの変化を認めたとき、その発生源と発生源との距離の関係を調べ、それらが逆2乗の法則に当てはまるかどうかに関心を持つようになった。

逆2乗の法則が成り立つこと、特に指数が 2 であることには、我々のいる空間が 3 次元であり等方的であることと密接に関係している。空間の各点で測定できる物理量について、それがある発生源から生じる流体のようなものと見なせる場合、発生源から偏りなく流出する物質からの類推により、発生源を囲む球面を通過する物質の量は、球面の大きさによらず一定であると考えることができる。したがって球面を通過する物質の密度は球面の面積に反比例して小さくなる。発生源が球殻の中心にあるとすれば、球面の大きさは発生源から球面までの距離の 2 乗に比例するから、球面を通過する物質の密度は球面と発生源の距離の 2 乗に反比例する。

逆2乗の法則が成り立つことは、発生源の形状に強く依存している。逆2乗の法則が成り立つのは発生源が点や真球と見なせる場合であり、例えば棒状の光源に対しては逆2乗の法則は成り立たない。一般には、発生源の細かな構造を無視できる程度の距離においてのみ、より具体的には発生源の大きさに比べて非常に遠距離の領域で逆2乗の法則が成り立つ。

逆2乗の法則が成り立つのは大抵、ある一つの発生源に注目した場合である。たとえば異なる天体の表面重力を比較する際には注意が必要である。構成物質の似通った天体同士では表面重力の大きさは天体の半径に対する逆 2 乗則に従わず、自転による遠心力の影響を除けば、表面重力の大きさは半径に概ね比例する。これは、重力の大きさが天体の質量に比例し、同程度の密度を持つ天体の質量を比較すると、天体の質量は天体の体積に比例するためである。

光の減衰の法則

光の減衰に関する逆2乗の法則は、光の強さが光源からの距離の 2 乗に反比例することを述べる。これは初期に発見された逆2乗の法則の一つである。証明の概略は次のとおり。

光源からの距離が一定である球面を想定する。光源から出た光は直進する(ユークリッドの光の直進の法則)ため、すべてがこの球面を通過する。つまりどんな直径の球面を想定しても、その球面を通過する光の量は等しい。一方で球の表面積は半径の 2 乗に比例するので、光の強さは光源からの距離の 2 乗に反比例する。

ヨハネス・ケプラーは、1596年に発表した著作『宇宙の神秘』の中で、平面上に等方的に光が放出される場合について上記の考察と同様の議論をした。ケプラーはまた、天体に及ぼされる引力についても同様の考えが成り立つと推察し、重力に関する理論を展開した。ケプラーは重力の広がりを球面ではなく円によって捉えたがために逆2乗の法則を導くことはなかった。ケプラーが、天体を動かす原動力が同心円状に広がると考えたのは、当時知られていた惑星の軌道がほぼ同一平面状にあったためである(当時は彗星の軌道は計算されていなかった)。

万有引力の法則

万有引力の法則は逆2乗の法則の中でもよく知られている。引力に関する逆 2 乗則の発見者としてロバート・フックとアイザック・ニュートンは特に有名である。フックとニュートンはケプラーの考え方を拡張し、またニュートンはフックの示唆もあって「万有引力は全方位に影響を与え、その強さは距離の 2 乗に反比例する」と考えた。1680年にフックはこの法則について述べた書簡をニュートンに送っている。万有引力について満足いく結果が得られたのはニュートンが著した『自然哲学の数学的諸原理』においてであり、その初版は1687年に出版されている。

ニュートンは『自然哲学の数学的諸原理』を出す以前に微分積分学の基本定理を証明し、微分積分学を創始するに至っているが、『自然哲学の数学的諸原理』ではそれらの結果を放棄し、あるいは露わにはしていない。ニュートンの時代にはまだ微分積分学で用いられる無限小の代数は正統的な手法とは見なされておらず、ニュートンは幾何学の手法によって力学の基本法則やそこから導かれる定理を説明した。

クーロンの法則

電磁気学における逆2乗の法則として、クーロンの法則がある。クーロンの法則は、発見者のシャルル・ド・クーロンから名前が取られている。クーロンの法則には電場に対するものと磁場に対するものの2種類ある。前者は球形または点状の電荷が作る電場の強さを述べたもので、後者は双極子の一方の極が作る磁場の強さを述べたものである。

クーロンの法則は、近接作用論の立場では電磁場に関する法則として述べられるが、ニュートンの万有引力のように2つの物体の間に働く力として表すこともできる。この場合、電場に関するクーロンの法則は「電荷を持つ粒子同士に働く静電気力の大きさは、粒子間の距離の逆2乗に比例する」と表現できる。クーロン自身はねじれ秤(英語版)を用いて2つの帯電した物体の間に働く力を測定することによって、静電気力に関するクーロンの法則を発見している。

磁場に関するクーロンの法則は、磁場に関するガウスの法則により磁場の湧出がゼロでない発生源が存在しないため、直接的には成り立たない。磁場についてクーロンの法則が成り立つためには、磁気単極子(モノポール)という概念が必要となる。前述の通り、ガウスの法則から磁場の湧出はゼロとなるため、磁気単極子は単体では存在し得ないが、微小な円電流のなす磁場を磁気双極子(ダイポール)のなす磁場と見なすことができ、磁気双極子を構成する粒子として磁気単極子を扱うことができる。

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グランド・クロスと大不況

Grand Cross
&
Great Depressions
グランド・クロス

大不況
by Robert Gover
ロバート・ゴーヴァー著
http://www.saptarishisastrology.com/filedownload.php?v=3&a=y&f=15-GrandCrossGreatDepressions.pdf

此処における私の目的は、何故、2008年から2019年までの年月が米国の歴史において - そして現在は米国の経済が、世界経済へと、とても融合されているので - その他の国々のためにも、今まで以上に最も困難に成る可能性がある事を示すために、過去の大不況の占星学的な歴史を再検証する事です。

占星学を高度な段階まで発展させた - エジプト、ヒンドゥー(インド)、バビロニア、ギリシャ、マヤ、中国等々の - 太古の社会において、惑星的な影響力の研究は神官階級に限られていました。彼等が使用した数学と神話の融合が、一般大衆を混乱させる事が知られていたので、それらの神官階級がどの様に働いたかを、公にする試みは成されませんでした。

現在は、コンピューターのプログラムが、今まで以上に、より多くの人達が、利用する事を可能にしています。コンピューターはまた、占星学的な研究を、より簡単で、より迅速にしました。数十年前までは、占星学者達によって何カ月も必要だった研究を、コンピューターは数秒でこなしてしまいます。此処において提示されたデータは、占星学的なプログラム(ソフトウェア)と歴史的な情報の利用と共に、誰にでも調べられる事が出来ます。

大不況の定義

米国の歴史において四度の大不況があり:1780年代、1840年代、1870年代、そして1930年代でした。大不況は、其処まで酷く無い期間で、またはより短い期間である、一般的に不況、または経済的な停滞、もしくは経済後退と呼ばれるものと、混同させられるべきではありません。米国の歴史において経済後退、または不況と呼ばれた期間は多く存在しましたが、大不況と認定されるものは四つしかありません。

私達はどの様に、経済後退と不況を、大不況から区別出来るのでしょう?ラヴィ・バトラ博士は(1990年の大不況、サイモン & シュースラー出版、1987年、106ページの中で)この定義を供給しました:「経済後退(不景気)は通常、一年から三年続き、その期間の間、失業率は上昇している間、一般的に12パーセント以下です。不景気が三年以上継続し、そして/または失業率が12パーセントから20パーセントの間にあると、その経済は不況から苦しんでいると言われるかも知れません。六年間、またはそれ以上の年月の間、失業が高いままで、事業が停滞すると、その国の苦境は大不況と呼べるかもしれません。故に、厳しさの深さと長さによって、ビジネス(事業)のサイクルの下り坂は、不景気、不況、または大不況と定義されるかも知れません。」

それ程遠く無い未来において目前に迫っているものは、1960年代の動乱、1930年代の大恐慌の不安、そしてアメリカ革命時代の反骨精神を融合したものに成る可能性があります。この予測は絶対では無いですが、理解してもらいたいのは、その可能性がとても高い事です。私はこの可能性を二つの物事の上に基づけ:1)過去の大不況との特定の、繰り返している惑星的なパターン(配置)の相関性、そして2)現在の出来事の勢いと推進力です。

占星学を「非科学的」にするものは何かと言うと、私達の太陽系の惑星によって形成された、それぞれの繰り返しているサイクル的なパターンが、変化し続ける環境において起こるためです。例えば、最も再発しているサイクルである新月は毎回、その月との関係において、その中でその他の惑星の全てが異なって配置された太陽系のシステムの中で起こります。更に加えて、私達の太陽系は、歳差運動のために、周りの宇宙に対する関係において変化しています。故に、「宇宙的な時間」におけるそれぞれの瞬間は特徴的で、決して再び繰り返される事はありません。科学的な確認は、重複作業に頼ります。占星学者達は継続的に、変化し続ける宇宙を扱っていて、そして故に、不特定性の様々な度合に苦しめられます。

そうであれ、占星学は、私達、人間が持つ最善の予測の道具です。それはどの期間が困難で、どの期間が楽なのかを、私達に伝える事が出来ます。占星学的な予測と、現在の出来事の傾向を融合させれば、予測の正確度は向上します。

大不況の歴史

過去における大不況の全てと共に一致した、単一の経済的な状態は富裕層と貧困層の間の記録的な格差です。新たな千年(i.e. 二十一世紀)の始まりまでに、その格差は今まで以上に広がりました。これは、米国と世界全体の両方を通して事実です。

ですが、この問題を解消して、更なる大不況を最小限化する(和らげる)事は、可能では無いのでしょうか?可能です。星々は強要せず、未来は石の土台において固められてはいません。自由放任の資本主義の熱心な信者達でさえ、最終的に全員を脅かす、この格差を狭めるために、何かが成されなければならないと知っています。問題なのは、その富の格差を解決するために、何が成されなければならないかに関しての同意が無い事です。それは何故、私達が、思想的な論議を乗り越え現実的な解決策を行う前に、2010年代へと入る可能性が高い理由です。

私が言い加えるべきは、揺るぎない理想主義者として、私達がこれから来る厳しい時代を乗り越え、以前よりも良く成ると、私が信じる事です。私の此処における目的は、最初に、占星学的に何故、2008年から2019年までの時代が、私達の歴史において最も厳しくなる可能性があるのかを表し、そして第二に、長期的な解決策について考える事に刺激を与える事です。

純粋で占星学的な見識から、米国が大不況を通して苦しんだ時、毎回、地球から見解された際に土星 ♄ は、山羊座の中心部において、牡羊座の中心部の中の不吉的な惑星と呼ばれるものにたいして90度のスクエアの角度を形成していました。それらの大物達は、天王星 ♅ 、海王星 ♆ 、冥王星 ♇ 、そして火星 ♂ です。太陽系のコミュニティーにおいて、それ自体が吉、または凶の惑星は無い事を理解して下さい。それらの融合的な影響力が、私達によって吉、または凶として経験されるのは、それらの惑星がお互いに対して特定の角度へと移動して入った時です。そしてよりゆっくりと運動している土星、天王星、海王星、そして冥王星の不吉な角度、またはアスペクツ(影響)は悪名高い程、最悪で、そして火星がその次に直ぐに続きます。

米国の歴史におけるグランド・クロス

土星が山羊座の中心部に到達した時に、牡羊座の中心部における、冥王星、海王星、天王星、または火星に対してスクエアを形成せずに起こった大不況は全くありませんでした。そして、山羊座の中の土星を共にしたグランド・クロス(大十字)のパターンは、大不況と一致する事無しで一度も形成されませんでした。

惑星が形成する様々な幾何学的なパターンの全てにおいて、グランド・クロス程、とても困難で、強要的で、または不吉的なものはありません。ですが、グランド・クロスは全ての国々に同等に影響するわけではありません。近づくグランド・クロスがどの様に、他国と比較して、一つの国(米国)に影響するかを見つけるために、二重の輪の図表が使用されます。それらは、空の中にある、与えられたアスペクト(影響)が、その他の国々よりも異なって一つの国(米国)に影響するであろうかを表します。全ての国々は、来るであろう大不況の問題において影響されるでしょうが、全てが同じ問題を経験するわけではありません。

二重の輪の図表の例:
1 predictions

それぞれの大不況の時代を、米国の出生書(ホロスコープ)の時代と融合する事は、私が「大不況のグランド・クロス」と呼ぶものを体現します。その二重の輪(米国の出生書のホロスコープとその時々のホロスコープを二重に重ねたもの)は、時間における2つの瞬間を表し、ですからそれらはお互いに対して比較される事が出来ます。

1776年7月4日のフィラデルフィアにおけるホロスコープ(出生表)
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「歴史における最悪の不況の一つ」と頻繁に呼ばれる1893年から1895年について、一言で言うと、それは実際に極度な困難でした。穀物の不作はおびただしく、そして価格は、米国の歴史におけるそれまでで、それよりも低かった事はありませんでした。それは、当時の主要な経済的な指数だったビジネス・カーブが、通常の10%上から、通常の20%下まで下落した時に、「1893年のパニック」と現在呼ばれるものと共にもたらされました。しかしながら、それは、大不況として定義されるには、短過ぎました。

困難さのもう一つの例は、OPEC の石油カルテルによって、ガソリンの価格が高騰させられた時である、1970年代の石油の通商停止の短期間でした。私達は、停滞的(stagnant)な活動と物価上昇(inflation)の融合である「スタグフレーション」を経験しました。そうであれ、これもまた、大不況の定義には当てはまりませんでした。

確認する方法

惑星的な配置と角度は、天文学的な測定です。それらはエフェメリス(位置推算表/天体暦/惑星的な位置の日々のテーブル)を調べる事によって確認する事が出来ます。二重の輪の図表の比較は、占星学的なソフトウェアによって二つの図表を得る事によって最善に行われ:1776年7月4日のフィラデルフィアにおける米国の誕生のための(またはあらゆるその他の国々の誕生のための)出生表と、そしてもう一つは、過去の大不況の底がついた時の図表です。惑星的な位置を地図化しているその二つの図表はその後、その国の図表を内側の輪に入れ、そしてその出来事の図表を外側の輪に入れ、時間における二つの瞬間の凍結的な枠組みの象徴化を創造しています。このトランジット(通過)- と – ネイタル(出生)の方法は、大不況と呼ばれる、繰り返している期間と共に常に一致した、繰り返している惑星的なパターンを、私が発見する事を可能にしました。

1990年代までに、米国はほぼ三十年、そして/または六十年のサイクルで大不況を経験しました。土星がゾディアックのそれぞれの十二の星座、またはサインを通って移動する事によって、公転を一周するには二十八年から三十年かかります。

二十八-三十年毎に土星が山羊座の中央部に戻った時、(例えば二十世紀における1900年代、1960年代、そして1990年代の様に)牡羊座の中央部に冥王星、海王星、天王星、または火星が無ければ、その国は経済的、または社会的な動乱、または調整を経験しましたが、大不況はありませんでした。

1776年7月4日にフィラデルフィアにおいて米国が産まれた時に、太陽は蟹座の12度44分にあり、天秤座の14度47分にある土星に対して90度のスクエアのアスペクトを形成していました。一番近くの角度に四捨五入すると:蟹座の13度における太陽と、天秤座の15度における土星に成ります。この太陽-土星のスクエアは、アメリカの歴史を通して、経済的に敏感であると証明されました。

1776年7月4日のフィラデルフィアにおけるアメリカの誕生の出生のホロスコープ(出生表)
蟹座の13度の太陽と、天秤座の15度の土星のスクエア(90度)
3 太陽 土星 スクエア

終わり無き論議

米国の誕生、または発端の正確な時間に関しては、終わる事無き論議があります。誕生の正確な時間が重要なのは、何故ならそれが、夜明けの瞬間、その周りでそれぞれの惑星が、活動の象徴している部分である「ハウス」の中に配置されるアセンダント、または上昇しているサインの角度を私達に与えるためです。そのアセンダントが示唆するのはどの様に個人が彼の周りの世界を見て、そしてそれによってどう見られているかです。幾らかの占星学者達は、蠍座の上昇を使用するための上手い論議を行い、それが私に対して個人的に魅力的なのは、何故ならそれが私のネイタルの太陽コンジャンクト(連動)が米国のアセンダントに入れるためです。最も広く使用されているのは、木星に統治されている、上昇している射手座を共にするシブリーの図表です。私達、アメリカ人は、私達自身を木星的な太っ腹、射手座的な「賢者」の哲学的な国家として考えるかも知れませんが、私達は間違いなく、その他の国々からはその様に見られていません。むしろ私達はオリジナルで、特徴的で、エキセントリックで予想不可能でさえもあり、代わり代わりに天才であり、のけ者であり - 上昇している双子座における天王星の性質です。

私が、天王星のアセンダントを共にした上昇している双子座の図表を使用するのは、何故ならそれが、国々のコミュニティーにおける米国が誰であるかの、より正確で占星学的な解読を与えるためです。そう、私達の建国の父達が、2AM の近くで独立宣言に署名したとするのは非論理的です。もう一方で、メイソン達が少なく無く、そして関わった占星学に関心があったので、そして人は、大いなる物質的な富を示唆している第二ハウスの中で一緒にある太陽、木星、そして金星の、より繁栄的な指標以上に求める事は出来ません。

その十二の星座は、私達の太陽系を地図化するために重要です。効果的にそれらのそれぞれが意味するのは私達の太陽系の中の、そして膨大なそれを超えた宇宙における近隣の異なった部分です。占星学的な目的のために、それらは30度毎の部分へと地図化されています。それらの部分は占星学においてサインと呼ばれています。牡羊座、蟹座、天秤座、そして山羊座は基本軸のサインと呼ばれます。それらは春夏秋冬に一致し – 二つのソルスティス(夏至/冬至)と二つのイクイノックス(春分/秋分)です。基本軸のサインの中の惑星は、「物事を起こさせる」と頻繁に云われます。

箱の中の X

米国は、太陽が蟹座の中にあった時(1776年)に生まれました。蟹座は山羊座の反対です。そして(米国の[出生表の/1776年の]土星がある)天秤座は牡羊座の反対です。ですから米国の出生表を大不況の2つ目の図表と比較する事によって、米国の出生表の蟹座の中の太陽の180度正反対の、山羊座の中の(当時)通過している土星と、その間、米国の出生表の天秤座の中の土星から180度正反対の牡羊座の中のもう一つの不吉な(当時に通過中の)惑星によってグランド・クロスのパターンが表されています。それぞれの惑星がまた、お互いから90度のスクエアなので、一つの箱のパターンがまた形成されました。この箱の中の X が、占星学者達がグランド・クロスと呼ぶものです。それは地球を、惑星の十字の真ん中に入れます。二重の輪の図表に接近するもう一つの方法は、米国の出生表を時計の面であると想像する事です。二重の図表において、描写された時計の面としての内側の輪は固定されたままです。外側の輪の上に表された。二番目の図表の上に描写された十二の惑星は、動いている時計の針に成ります。そのコンビネーションは私達に、特定の出来事の宇宙的な時間を伝えます。

蟹座(1776年の太陽)-山羊座(その時々の土星)-天秤座(1776年の土星)-牡羊座(その時々のもう一つの惑星)の箱(四つのスクエア)の中の X (グランド・クロス)
4 グランド・クロスl.php

殆どの経済的、または金融的な占星学者達は、二重の輪のトランジット(通過)に対するネイタル(出生)の図表では無く、単一の図表を使用します。私は、1980年代の早期に、米国の出生表に対してトランジットを使用する価値に偶然出会い、そしてこの方法と共に私が研究を続けた際に、それが米国の経済的な歴史について流暢に語る事を発見しました。米国の出生表の蟹座の14度における太陽の正反対において移動して通過している土星によって、その間、米国の出生表の天秤座の15度における土星の正反対の牡羊座を通って通過しているもう一つの「大物」の惑星によって造られた、箱の中の X のグランド・クロスのパターンを、その宇宙的な時計が見せた時に大不況は訪れました。このパターンが形成される度に毎回、米国は大不況を経験しました。

米国の歴史における最悪の戦争は、通過している天王星が、米国の出生表におけるその出生の(元々の)位置に戻った時に起こり;その他の小規模の戦争は、米国の(出生表の)天王星に対して、その他の惑星が、様々なその他のハード(強い/凶の)角度から「ヒット(影響」)した時に起こりました。

米国の火星-海王星のスクエアが「ヒット」されると、株式市場のパニックの可能性が高く成りますが - もう一つの論文の題材です。その様な「偶然」のリストは、人が探求し続ける際に拡張します。

惑星が、私達の経済を操作していると、私は言っているのでしょうか?いいえ、私が言っているのは、占星学が困難な経済的な時代を、私達が予測出来る様にすると言う事です。私達が集合的に、困難な時代に対してどの様に反応するかが、大不況において結果するものです。

土星によってアンカー(固定)されたグランド・クロスが大不況をもたらしたのが何故なら、私達人間が習慣の生き物であるためです。私達は星々によって操作されているのではなく、私達は新たな問題に対して新たな解決策を見つける代わりに、過去において機能した解決策を応用する傾向があるためです。私はこれを「信念は証拠に勝る」として要約します。私達は、私達が探す証拠を見つけ、そして私達が探さない証拠は見つけません。経済的な思想の信仰者達は狂信的に成る傾向があり、そして過去において機能した解決策を応用します。ですが –

「歴史は繰り返すが、押韻(おういん)はしません」とマーク・トゥエインは言いました。私達は、過去に類似する未来の時を予見する事は出来ますが、私達はどんな特定的な出来事が体現するのかを正確に予測する事が出来ず、そして故にどんな革新が必用かを知りません。惑星的でサイクル的なパターンは繰り返しますが、常に変化し続けているコンテキストにおいてです。宇宙的な時間において全く同じな二つの瞬間はありません。古い経済的な思想は、変化している時間と共に変化しなければなりません。

ヴィジュアル化するためのもう一つの方法

グランド・クロスのパターンをヴィジュアル化するもう一つの方法は、0度の牡羊座がその図表の9時の位置(春)において上昇し、0度から90度の蟹座が12時の位置(夏)で、天秤座(秋)が3時の位置で、山羊座(冬)が6時の位置の、夏至/冬至/春分/秋分の図表を想像する事です。

時計の面としてのゾディアック
5 zodi

大不況のグランド・クロスはすると、山羊座の真昼(中央部)の近くに土星を有し、9時の付近の牡羊座の中のもう一つの外側の惑星にスクエア(90度)し、両方共が米国の出生表の蟹座の中の太陽と天秤座の中の土星のオポジット(180度)とスクエアです。占星学のこの最も基本的な図表をヴィジュアル化する事は、大不況のグランド・クロスに拘わった四つのサインの基準軸を強調します。

それらのオポジションとスクエアは、経度によってのみ測られ、そして正確に厳密に成る必要はありません。それらは、それらの「オーブの中」にある時に効果的で - つまり、5度、7度、10度、または15度さえも含む角度の中(影響範囲)です。私は7度のオーブ(影響範囲)を使用する事を好みます。

土星が山羊座の7度に届く時、それは米国の出生表の蟹座の14度にある太陽に対してオポジション(180度)の7度のオーブの中に入ります。惑星的なアスペクト(影響)は、海の波が防波堤に打ち付けている時に、より強力な様に、「離れて行っている」時よりも「近づいてきている」時の方が、より強力であると見つけられました。

頭に入れておいてもらいたいのは、また、地球の年月において測られた時、最も外側の惑星達が、とてもゆっくりと公転する事で:土星は平均すると28-30年周期で、天王星は84年周期で、海王星は165年周期で、冥王星は248年周期です。私達の太陽から最も遠い冥王星は、最も不規則な公転を有しています。私達の地上的な時計の様な正確な機械性で運動する惑星は一つもありません。それぞれの惑星は、それら自体の天界的なリズムでサイクルしますが、私達は惑星の軌道に対して、私達人間の時間の測定を使用します。

1780年代の大不況

その新たな国家の歴史における最初の大不況は、1783年の12月の頃に、否定出来ない事実に成りました。土星 ♄、天王星 ♅、海王星 ♆、そして火星 ♂ の全てが、1780年代のグランド・クロスにおいて関わっていて、そしてこの最初の大不況は、幾らかの経済的な歴史家達によって、米国の歴史において最も厳しいものの一つだったと見解されました。

これのための二重の輪の図表の上で、土星は山羊座の15度にあり、それは米国の出生表の蟹座の13度にある太陽に対してオポジション(180度)で、その間、牡羊座の21度にある火星が、米国の出生表の天秤座の15度にある土星に対してオポジションです。このコンビネーションに加えて、天王星は米国の出生表の太陽とコンジャンクト(0度/連動)で、そして故に通過している土星に対してまたオポジションです。海王星は米国の出生表の土星とコンジャンクトし、そして故にまた、通過している火星に対してオポジションです。土星、海王星、天王星、そして火星 – 5つのマレフィック(不吉/凶)な天体の(形成の)4つが、このグランド・クロスにおいて関わっていました。

「彼等の市民的なご近所よりも更に、退役軍人達が、政府の、もし不正直では無いにしても、彼等が無能さに帰属さる事が出来た不満を抱えていました。彼等は、憎まれたレッド・コート(英国軍)と戦うために、彼等の農地と店を離れましたが、彼等は、彼等のために彼等の兵役が稼いだわずかな金額に頼る事さえ出来ませんでした。インフレーションは、彼等の大陸的な通貨を殆ど無価値にし、そして今度は連合規約によって設定された政府が、支払日の過ぎた給料の支払いを遅らせ、そして将校達に約束された生涯補償を撤回していました。」(歴史的な再検証、199ページのアルデン T. ヴァウガンの「シェイの反乱」)故に、富裕層と貧困層の間の記録的な格差が存在していました。英国は、ハイパーインフレーションを原因するために、通貨を兵器として使用し、その新たな国の通貨システムの中へと、大陸的な通貨の偽札を大量に注入しました。

1840年代の大不況

米国の歴史における二度目の大不況は、土星の二つの(公転の)サイクル、または1780年代から60年後に、その国家をその掌握へと握り、1840年代に土星が再び山羊座の中央部に到着した時、今度は牡羊座の中央部の中の冥王星に対するスクエアでした。再び、米国の出生表の太陽と土星とのグランド・クロスのパターンが形成されました。火星は米国の出生表の土星に対して、天秤座の14度にある事によるコンジャンクトによって、ストレスを加えました。

土星が山羊座の中央部から、四度の大不況の全てを「アンカー(固定)」した間、牡羊座の中央部に入っていた惑星は、火星(1780年代)、冥王星(1840年代)、海王星(1870年代)、そして天王星(1930年代)でした。天王星、海王星、冥王星、または火星とのグランド・クロスを形成せずに土星が、米国の出生表の太陽にオポジションした時、大不況は起こりませんでした。

覚えておいてもらいたいのは:占星学者達が、此処、地球上の私達の見方から見られた際に、それらがお互いに対して90度のオーブ(影響範囲)の中に来た時に、惑星が「スクエア」していると語る事です。オーブの中にあると言うために、私は7度許します。故に、土星が山羊座の7度に届き、そして天王星が牡羊座の9度に届くと、それらはお互いに対して応用されているスクエアのオーブの中にあり、そして同時に米国の出生表の太陽と土星に対するオポジションのオーブの中にあります。それらはオーブの中ですが、土星が山羊座の21度に届き、天王星が牡羊座の22度に届いた時に分離して(オーブから出て)います。

占星学者、レイモンド A. メリマンは、1843-1835年の土星-冥王星のオポジションの定義において、このクラッシュと不況を分析しました(2001年11月-12月号のマウンテン占星学者マガジンの「冥王星に対するオポジションにおける土星の、世界経済と金融市場に対する示唆」)。「株式市場が下落し始め、そして土地開発の計画が実現化する事に失敗し、そして銀行が倒産し始めると・・・1837年において金融的なパニックが確かに成り、それは1840年代までに十分な不況において結果しました。」

(全ての金融的なパニックが、大不況へと繋がるわけでは無い事に注意して下さい。)

「株式市場は、1835年のその最高値から、およそ80%暴落し、そしてその金融的な市場が回復し始めるには、22年後である - 1857年まで - かかりました。端的に、それは、1835年の最高値からの22年間の経済的な後退で、米国がその国債(借金)の(支払い)義務の上でディフォルト(破綻宣言)を強要された唯一の時に一致しました、」とメリマンは続けます。

大企業の利益は、長い間私達の主要で経済的な指標でしたが、私はこの指標がとても疑わしいと思います。私達は、1500年代において企業によって新大陸から船で輸送された何トンものゴールドから、スペインの人々の大多数が利益しなかった事を忘れてはなりません。また、アメリカ人の大多数は、1990年代の間の株式の凄まじい上昇から利益しませんでした。企業が繁栄している時でも、人々が苦しんだ期間がありました。私は故に、全体的な社会の経済の健全さに集中します。

1870年代の大不況

1840年代の30年後(または土星の1公転)、1860年代の市民(南北)戦争に続いて、その国家は1870年代の間に三度目の大不況から苦しみました。今度は、山羊座の中の土星 ♄ が、牡羊座の中の海王星 ♆ とスクエアを形成し、米国の出生表の太陽と土星と共に、グランド・クロスを創造しました。この日付のために、私達は土星と海王星の間のオーブ(影響範囲)を9度まで拡張させますが、頭に入れておいてもらいたいのは、あらゆる大不況のどん底まで届いたかを正確に判断する事が難しい点です。経済学者達は終わる事無く理論的な原因と結果を論議し、そして、何カ月も後に体現された統計は、過去の状態を反映します。

海王星の影響力は、とてもはっきりと土星のものから対照的で、それらは頻繁に正反対として考えられます。土星は、構造、システム、そして実用性を要求します。海王星は知られざるものへの探求を鼓舞し、スピリチュアリティー、詩/歌、芸術、そして新たな科学的な行いを推奨します。ですが、最も海王星に鼓舞された芸術家でさえ、彼の探求を伝達可能にするために、土星的な秩序を応用しなければなりません。

1930年代の大不況

60年と土星の二周期の後、米国はその歴史上、最も最悪だったと言えるかもしれない大不況を経験しました。私が「かも知れない」と言うのは、何故なら歴史的なデータが、1780年代におけるアメリカ革命後の大不況が同様に酷かった、またはもっと悪かったと示唆するためです。私達現代人が、1930年代により親しみがあるのは、私達が当時の忘れられない写真を有し、それについて私達に伝える生き証人が未だいるためです。

経済学者達があらゆる大不況のどん底に届いた時に同意する可能性は低いですが、1931年1月1日までに、このクラッシュが直ぐに回復するものでは無い事は鮮明でした。重要な人物達によって伝播された楽観主義の努力にも拘らず、経済の全体が衝撃されるのではないかと言う恐怖は広く広まりました。この大不況が最も最近なので、私はそのための二重の輪の図表を含み、そしてその図表を説明しましょう。

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1931年のための二重の輪の図表は、山羊座の16度において通過している土星 ♄ が、牡羊座の18度にある天王星 ♅ に対してスクエアで、米国の出生表の太陽と土星と共に、グランド・クロスを形成しているのを表します。この二年前の1929年にクラッシュが来た時、木星 ♃ と冥王星 ♇ の両方が蟹座の中で米国の出生表の太陽とコンジャンクション(0度)で、通過している土星のオポジションで、そして故に通過中の天王星のスクエアでした。故に米国の出生表の太陽-土星のスクエアに対するグランド・クロスは、今度は土星によってアンカーされ、そして天王星、冥王星、そして木星を含んでいました。また、着目すべきは、この大不況が、60年代を迎え入れる際に再発した、土星-天王星のオポジションに続いた事です。60年代に続いたものは、2001年の9月11日の攻撃(9.11)に一致しました。

あらゆる瞬間において無限の宇宙の中で数々の事が起こっている事を理解して下さい。私は、私達の太陽系の中の惑星に注意を引く事によって、太陽系内外の無数のその他の天体を無視しています。私達はまた、小惑星、惑星的な月と輪、彗星、近日点の位置と緯度と同時に下降等々を含めさせ、その構図多大に複雑化させる事も出来ます。私達は、私達の太陽系の外に飛び出し、その他多くの太陽と惑星、またはシリウス(北極星)を、私達の計算に加えられるかも知れません。私は、大不況と相関するこのパターンの描写に対する最も単純な方法を目的にします。

グランド・クロスが無ければ、大不況はありません

1930年代の大不況に続いて、土星は次に、1960年代において、米国の出生表の太陽に対するオポジションである、山羊座の中央部に到着しました。牡羊座の中央部から土星にスクエアする重い惑星は無く、そして故に大不況はありませんでした。60年代が展開する際に発展したものは、前代未聞(天王星)と変格(冥王星)の珍しいコンビネーションでした。天王星と冥王星は乙女座においてコンジャンクト(連動/0度)で、両方とも米国の出生表の海王星とコンジャンクトでした。

二十世紀の最初の十年は、株式にとって険しい時代でした。二度の株式市場をパニックがウォール街を震撼させ(1903年と1907年)、政府からの救済を求めるためにウォール街の金融家達をワシントンへと向かわせました。議会のホールにおける多くの議論の後、ウォール街のメンツは、彼等の望みを叶え、1913年12月26日に、中央銀行のアメリカ版として連邦準備銀行が創造されました。効果的に、議会は、その国家の通貨的なシステムの操作を、個人的な銀行家達に手渡し、連邦準備と呼ぶ事で、憲法によって制定された様に、連邦政府が未だに操作を持っている印象を与えました。

それ以来、私達は借金に基づいた通貨的なシステムを有しています。

政治家達は連邦準備銀行の個人的な銀行家達からマネーを借り、そして金利(複利)付きの借金を、気付いていない納税者達に背負わせます。効果的に、米国政府は、1914年以来、納税者達に支払わせる、無制限のクレジット・カードの一種の様に機能してきました。

1800年において100ドルで買えたものは、1900年においても買えました。1914年において100ドルで買えたものは、今現在1000ドルまたはそれ以上です。この借金に基づいた通貨システムの、アメリカの社会、そして世界に対する衝撃は、微妙でしたが劇的に蓄積的でした。過去35年間の間に、商品とサービスは四倍(の費用)に成りましたが、ドルの価値は90%切り上げられました。

不確かな時代

1961年における土星の山羊座への回帰は、もう一つの経済的に不確かな時代でしたが、軍事的な出費は、ケインズ的な刺激と、行われた金融的な政策の革新的なミックスを、企業的な厚生として、軍需産業複合体を通して供給しました。1950年代の早期において、朝鮮(半島)における「警察活動」が経済を刺激した時の様に、1960年において労働階級のアメリカ人の徴兵達は直ぐに、彼等自身を外国における戦争の中で見つけ、今回はヴェトナムでした。この戦争のための理論は - 朝鮮の「警察活動」がそうだった様に - 共産主義を食い止めるためでした。

占星学的に、山羊座への土星の回帰のそれらの期間は、牡羊座においてもう一つの「不吉/凶」の存在(天体)が見つけられる事無く起こりました。グランド・クロスが無ければ、大不況はありません。しかしながら、その他の経済的な「調整」が起こりました。

1989年について最も顕著なものは、土星、海王星、そして天王星が山羊座において一緒にあり - それらの三つの天体の珍しいコンジャンクションでしたが - 牡羊座の中には外側の惑星が無かったので、大不況は起こらなかった事です。

大不況の30年と/または60年サイクルを辿る経済学者達は、1990年代がアメリカをもう一つ(の大不況)に送るだろうと確信していました。ラヴィ・バトラの本、1990年の大不況は、1980年代の後期においてベストセラーでした。1989年5月1日に成ると、山羊座の13度にあった土星が、山羊座の12度の海王星と共にコンジャンクションの1度の中で、そして山羊座の5度にあった天王星とコンジャンクションの7度の中でした。天王星は、海王星よりも速く移動するので、それは直ぐに正確なコンジャンクトに成りました。ですから今回は、土星が米国の出生表の太陽のオポジションに移動した時に、天王星と海王星が山羊座において土星と一緒にありましたが - その三つの全てが、蠍座の13度にあった冥王星と60度のセクスタイルのベネフィシェント(吉)の角度を形成していて、それは、順を追って、米国の出生表の蟹座の中の太陽に対して、120度の調和的なトライン(30度)のアスペクトを形成していました。

天王星と海王星のコンジャンクション(連動/0度)は、およそ171年毎に一度起こります。「この様な大々的なコンジャンクションが起こる時、それが意味するのは、人類が『岐路』に着いたと言う事です。それは貸し借りが綺麗に清算された後のスタートのし直しのチャンスで - 私達が、破壊の道、または再生の道を選択しなければならない判断の瞬間です。これは、1990年代の出来事に対する鍵です。冷戦の終わりは、私達が、私達の生活と、私達の社会の方向性を変更する原因でした。私達が、私達の創造的な可能性を表現する事を私達に許す、平和的で継続可能な生活の方法へ向かうのか、それとも単純に、破壊的で、非人格化的な企業の、軍需産業複合体の社会が継続する事を許すのかは、この大々的なコンジャンクションの後の数年において、私達に立ち向う大きな問題です。」(新たな千年のためのホロスコープ、E. アラン・ミース著、Llewellyn 出版、1997年、84ページ)。

天王星-海王星の分岐点

1990年の天王星-海王星の分岐点は、冷戦の終結とドイツの再統一を私達にもたらしました。ベルリンの壁は、1989年11月9日に倒れ、大々的な曲がり角を印しました。これは、天王星-海王星のコンジャンクションが、大々的な曲がり角を印した初めての時ではありませんでした。

射手座の15度における、1650年の天王星-海王星のコンジャンクションの間、三十年戦争が終結し、宗教戦争の長引いた期間の終わりと、そして王国、そしてその後の国々の間のもう一つの長期的な戦争の始まりを印しました。

山羊座の2度における、1821年の天王星-海王星のコンジャンクションは、中東の殆どを支配していた、(オスマン)トルコ帝国の分解と一致しました。

1989-93年の天王星-海王星のコンジャンクションは、1993年に山羊座の18度においてぴったり(0度)に成り、そして蠍座の中の冥王星に対してベネフィシェント(吉)の60度のセクスタイルのアスペクトを形成し、人類の才、宗教的な本質、そして制度に関連したプラスの変化を前兆しました。人々の国家的、または宗教的なグループは、彼等の様々な信仰に沿って、惑星的な影響に、プラスにもマイナスにも反応するので、ですからプラスのアスペクト(要素)が必ずしも、プラスの変化だけを常にもたらすわけではありません。この1989-93年の配置に続き、統一主義派は世界の主だった宗教を統合させましたが、その間、同時にキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、そしてその他の原理主義派は、言語が進化する際に意味合いが変化した、聖書/聖典の言葉の解釈に対して忠実に成る事を強く要求し、ステータス・クオ(現状維持)の思想が、自然的な変化を阻止したもう一つの例でした。2008年において、冥王星と天王星がスクエアへと移動した時、私達は突然で劇的な前代未聞の変化のもう一つの時代へと入るでしょう。2008年から2019年までのこの期間は、1930年代と1960年代の性質を分かち合うでしょう。これがもたらす出来事の種類の前兆は、2001年9月11日に、イスラムのテロリスト達が世界貿易センターとペンタゴンを攻撃した時に起こりました。当時の土星-冥王星のオポジションは、米国の出生表の天王星と、戦士のエネルギーである火星にアフリクト(凶)していました。土星-冥王星のオポジションは、劇的な社会的、そして経済的な変化に一致している千年の長さの歴史を持っています。

海王星的な投機のバブル

経済的に、冷戦の終わりは、1990年代の間の、米国の株式価格の記録的な上昇によって続かれました。これが見た目よりも有益では無かったのは、それが海王星的な投機のバブルを創造し、曖昧に知覚された富裕層と貧困層の広がっている格差を対にさせたためで - その二つの状態は、過去の大不況に常に先行しました。

このバブルと格差は更なる大不況をもたらしたでしょうか?1990年代の間ではありませんでした。

80年代と90年代のこのほぼ20年間の期間は、「アメリカの歴史における最高の経済」と呼ばれましたが、海王星的な妄想は、株式市場と全体的な経済を混乱させました。最も裕福な人達だけがその株式市場の素晴らしい上昇に加わりました。メディアは、この上昇の間に、新記録的な数の雇用が創造されたと大声で叫びましたが、それはもう一つの海王星的な妄想でした。それ以前の数十年において、一人の働き手が、一人の配偶者と子供達を支える事が出来ましたが、1980年代中期に成ると、殆どの家庭を支えるために、母親と父親が働き手に成りました。故に・・・「アメリカの歴史における最高の経済」と呼ばれたこの期間に、家庭を支えるために、購買力(給料)において十分にどちらにも支払わなかった仕事において両親が働いていたために、誰もいない家に、学校から帰った子供達である「鍵っ子」が台頭しました。アメリカ人の労働階級のための状況を悪化させていたのは、多くの米国に基づいた企業が、労働者達、鍵っ子達、そして街々を見捨て、安価な労働力を求めて海外に移転したためでした。そして、ウインクとうなずきと共に、その政府は移民の法律を強化せず、効果的に国境の南から安価な労働力を輸入し、アメリカ人の労働階級の苦境をさらに悪化させたためでした。幾つもの場合において、アメリカ生まれの労働者達が、アメリカ人の給料の1/3のために働く、証明書類の無いメキシコ人の移民達によって、一晩で入れ替えられました。

経済的な指標

経済的な健康状態を不当に無意味な方法で測った二つの主要で経済的な指標 - 株式価格と失業率の数字が - 劇的に良かったので、労働階級の苦境に気付く経済学者達は殆どいませんでした。また、1990年代の後期に成ると、多くの労働階級の家庭は、新たな二つの仕事の状況に順応し、そして一人の働き手の家庭を全く知らない新たな世代が育ちました。時折、クリントン政権の労働長官、ロバート・ライヒの様な人がテレビに現れ、そして労働階級の購買力の下り坂の傾向を語りましたが、その様な発言者は当然の様に、彼等のうなぎ上りの株式が、彼等の誇りを拡大させ、「アメリカの歴史における最高の経済」についての思わしく無い言葉に「聞く耳を持たなかった」御用学者達の間に挟まれていました。マネー(交換の方法と価値の測り)と富の間の違いが曖昧にされ、マネーが富自体と同一視される様に成りました。「生計を立てる事が殆どのアメリカ人達にとって益々難しく成る際に、それはまた、一握りが大儲けするために益々簡単になりました、」とモリス・バーマンはアメリカの文化の黄昏の中で述べました(ノートン出版、2000年22ページ)。「国勢調査局によると、1970年において米国の家庭の20%の底辺は、国家的な収入の5.1%を受け取りましたが、その間、トップの5%が、15.6%受取りました。1994年に成ると、一致する数字がそれぞれ4.2%と20.1%でした。

「これは、不合理が経済的な政策を形成する時に起こる事です、」とラヴィ・バトラは述べました(大いなるアメリカのまやかし、ジョン・ワイリーと息子達出版、ニュー・ヨーク、1966年)。「人々が苦しむのが何故なら、その殆どが彼等の金持ちのパトロン(ご主人様)である、極少数の超富裕層、政府、そして大企業を喜ばせるために行っている、著名な経済学者(御用学者)達の利己的な論説を、指導者達が信頼するためです。」

マネタリスト派対ケインズ主義派

マネタリズム(通貨主義)、または古典的な理論対財政主義、またはケインズ主義派の理論:これは、経済学者達のあいだの主要な論争です。古典的な理論は、アダム・スミス、デーヴィッド・リカルド、そして J.B. セイの研究から発展し、レーガン政権の間に、供給側の経済学と呼ばれました。「供給はそれ自体の需要を創造する」が供給側派の信念です。生産からの利益は、給料、家賃、金利の収入、そして配当金の形状において、経済の全体を通して分配されます。生産を刺激すればその経済の全体が繁栄する - と言うのが供給側派の信念です。

供給側派に対するのは、ケインズ派、または財政派です。ジョン・メイナード・ケインズは、「セイの法則」を真逆にし、需要はそれ自体の供給を創造すると主張しました。もし需要が緊縮すると事業は未販売の商品と共に滞り、そして故に解雇、景気後退、または更に悪いものを確かにします。ケインズ派は、緊縮している経済を刺激する方法は、消費者達の手の中に、購買力を会得させる事だと主張します。

これは私達をマネーの問いに辿り着かせます。それは、私のマネーであり、あなたのマネーなのでしょうか?または、それは、国家としての私達のマネーなのでしょうか?それは、交換と価値の測りの、私達の集合的な方法なのでしょうか?フィアットの紙幣(不換紙幣/貴金属との交換が保証されていない紙幣)の通貨のマネーは確かに供給不足では無く - 政府は毎日何トンもそれを印刷しています。問題は極少数がその殆どを手に入れ、その間、多くの人達はそれが十分に無い為に苦しみます。そしてマネーのこの不均等分布は、資本主義の社会に対して限られた事では無く、それが社会主義の社会も特徴化させるためです。

誰がどれだけ得るのでしょう

もし、過去における大不況が、(通常、投機的なバブルに結果する)富裕層と貧困層の間のマネーの新記録的な不等(格差)によってもたらされたなら、何故、私達は2001年までに更なる大不況に陥らなかったのでしょう?誰の考えにおいても、私達は株式市場における投機的なバブルの新たな記録と、同時発生的な労働階級の購買力の消失、そして富裕層と貧困層の間の新記録的な格差を目撃しました。

占星学的にその答えは明らかで:山羊座の中央部の土星によってアンカーされ、牡羊座の中央部におけるもう一つの天体にスクエアされたグランド・クロスが、1930年代における最後の大不況に一致して以来形成されていないためです。2001年までに経済は後退にありましたが、あらゆる測定において大不況とは呼べるものではありませんでした。未だに。

良いニュースと悪いニュース

私達が新たな千年(二十一世紀)へと入る際に、土星は、2019年の一月まで、米国の出生表の太陽のオポジションに入る予定ではありません。これは良いニュースです。

悪いニュースは、1930年代、1960年代、そして革命的な(独立)戦争のコンビネーションの様な何かを苦しまずに、私達が2019年まで辿り着ける可能性が低い事です。これが何故なら、冥王星が次に、2014年において、米国の出生表の太陽のオポジションに到着する時、同時に牡羊座の中央部にある天王星に対してスクエアし、米国の出生表の太陽-土星のスクエアと共に次のグランド・クロスを形成するためです。

1930年において、冥王星が発見される前に、土星は(サタンに関連させられ)死と破壊をもたらすエネルギーであると考えられました。占星学的なデータは、冥王星のサイクル(公転)の歴史を回復する事を可能にさせます。冥王星の歴史を辿ると、私達がそれから誕生において派生し、そしてその中へと死において消滅する謎の統治者としての神のために、上手く名付けられた事を表します。私達が惑星と呼ぶ天体の中で、それは最も小さく、そして最も遠くにありますが、そのサイクル的な歴史は - 個人的な図表と世界的な図表の両方において - その効果は微妙に始まりましたが、強力で長期的に残るものとして現れました。

最も現れる可能性が高いのは、1929年に起こった様に、一気に劇的なクラッシュによって株式市場が暴落するのではなく、むしろ株式市場のクラッシュの連続が、次の大不況に繋がるであろう事です。それらの株式市場のクラッシュは、2008年において本格的に始まる可能性が最も高いです。2010年に成ると、冥王星と天王星が土星との T 字型のスクエアのパターンを形成し、全体的な経済の崩壊を布告します。米国の出生表と融合させられると、この T-スクエアは、米国の出生表の金星と木星と共にグランド・クロスを創造し、米国の出生表の太陽-土星のスクエアに直ぐにヒットするグランド・クロスの前章です。1930年代の大不況へのクラッシュは、私達がナイアガラの滝に落ちた様でしたが、これから来る大不況は、スネーク川の急流を、川下りする様なものに成るでしょう。

ユーザリー(金利/利息の制度)

過去においてと同様に、私達が次の大規模で経済的な混乱に向かう際に、ユーザリー(金利制度)が役割を果たしています。(古代ギリシャの哲学者)アリストテレスはこう述べました:「マネーは自然によってでは無く、法律によって存在します。」(Ethics)。金利制度について彼はこう述べました:「(富の会得の)最も憎まれた一種で、そして最大限の理性と共に、ユーザリーは、マネー自体から利益を創造し、その自然的/本質的な目的からではありません。マネー(通貨)は交換(取引)において使用される事が意図され、金利において増やされる事が意図されていたものでは無いためです。加えて、この金利と言う用語(古代ギリシャ語の tokos)は、マネーからのマネーの誕生を意味し、マネーの繁殖に対して応用されるのは、何故ならその子供がその親にそっくりであるためです。どんな理由であれ、富を会得する全ての種類において、これが最も不自然です。」(Politics)。

「アリストテレスが言っているのは、マネーが原則的に不毛(繁殖しない)と言う事です。それは、牝牛が子牛を産んだり、畑が穀物を育てる様には、マネーを産みません。彼は、マネーの上の金利制度は、交換の測りと媒体として、社会によって創造されたマネーの目的に対して矛盾していると言っています。」(マネーの失われた科学、スティーヴン・ザーレンガ、アメリカン・マネタリー・インスティチュート、2002年)

1989-92年における土星、天王星、そして海王星のコンジャンクション以来、世界は - 米国によって導かれ - 超-ユーザリーの政策を開始しました。為替取引市場において、現在、2兆ドル(約200兆円)が毎日取引され - マネーが象徴的にマネーと性交し、更なるマネーに生を与えています。トップ100の企業は、現在、それらが生産する商品からよりも、通貨の取引から、より多く儲けています。知られている歴史において、金利制度がこれ程、尊敬され、利益的だった事は一度もありませんでした。歴史的な証拠は、社会の全ての分野のためにならない金融的なシステムは、運が尽きていると宣言します。

私は、幾らかの人達が「世界の終わり」を象徴しているとする、マヤのカレンダーが終わる日である、2012年の冬至の問題を迂回しましょう。以前にも、世界の終わりの預言はありましたが、私達人間は、未だに健在です。1500年代のスペイン人の神父達が、彼等が手を付けられるあらゆるマヤの記録を破壊したので、マヤのカレンダーが本当は2012年の冬至の夜明けにおいて終わらず - 彼等の知られている(破壊されなかった)記録だけが - 終わると言うとするのは可能でしょう。どんな場合であれ、マヤ(人達)は恐らく、人類が今までに産出した最高の占星学者達と数学者達で、そして彼等のサイクル的で経済的な予測は、現在までも正確であると証明されました。故に、2012年12月の冬至は、人間の歴史における大きな曲がり角に成ると、私達は推測するべきでしょう。(マヤの経済的な占星学について、詳しくは、ロバート・ゴーヴァー著の「マヤの時間とお金」を参照して下さい。)

過去の天王星-冥王星のスクエア

天王星-冥王星のサイクル的なコンジャンクションは、およそ127年毎に起こります。それらはその後、コンジャンクションの0度から、90度の上弦(waxing)のスクエア、180度のオポジション、そして270度の下弦(waning)のスクエアへと移動します。それらのアスペクト(影響要素)が、米国の出生表の敏感な地点に直接衝撃しなかった時、それらはアメリカの歴史の上にあまり衝撃しませんでした。しかしながら、それらが敏感な地点 - 太陽-土星のスクエア、または火星-海王星のスクエアのどちらかに - ヒットした時、天王星-冥王星のハード(影響の強い)角度は、米国が「生まれる」前でさえも、大規模な衝撃を有しました。幾つかの例です。

最後のコンジャンクションが正確だったのは、1964-65年でした。それは、1960年代の殆どから1970年代の早期までオーブ(影響範囲)の中にあり、そして米国の出生表の海王星とのコンジャンクションでした(故にまた米国の出生表の火星のスクエアでした)。1960年代の中期において、土星がこの天王星-冥王星のコンジャンクションのオポジションに移動し、米国の出生表の火星にスクエアでした。私達は現在この期間を単純に、社会的な動乱と燃え盛る街々、市民の人権と反戦争の運動、オルタナティヴな(ヒッピー)文化の運動、女性の開放、ブラック・パンサー、そしてジョン・ケネディー大統領、マーティン・ルーター・キング(牧師)、マルコム X 、そして彼が大統領選に出馬した際のロバート・ケネディー、そしてあまり有名では無い人達の、驚く程の暗殺の一連を意味する「60年代」と呼びます。

1900年代の最初の十年における当時の天王星-冥王星のコンジャンクションは、1930年代の大不況に一致していた上弦のスクエアによって続かれました。冥王星は蟹座の中にあり、米国の出生表の太陽とコンジャンクションで、そしてその後、2010年代の間にそうである様に、水星がほぼオポジションでした。天王星は再び其処にある様に成る様に、牡羊座の中にあり、米国の出生表の土星のオポジションでした。

1750年代のそのスクエアは、アメリカの入植地におけるフランスと先住民との戦争と、そして世界規模の7年間戦争に一致しました。アメリカ先住民の国々の殆どは、フランス側に参加し、そしてテロ戦略を使用しました。二つの入植していた王朝にとって、これは戦争の連続における一つで、英国がフランスから北アメリカの殆どを奪還し、後の米国において英国の言語と文化が確立されました。1750年代のアメリカ生まれの人達にとって、更なる英国からの移民達が、先住民達を彼等の伝統的で部族的な領地から追い出したので、それは更にもっと辛い時代でした。幾らかの歴史家達はこの戦争を、二十年後のアメリカの革命戦争に結果した、独立のための入植者達の運動の始まりとして引用します。

1676年において、天王星は牡羊座の中にあり、そして冥王星は、百年後に米国の出生表の太陽-土星のスクエアがアフリクト(凶)する地点である蟹座の中にありました。これは、ヴァージニアの入植地におけるベーコンの反乱と呼ばれる発起と一致し、それはその後、米国に成った殆どを構成しました。この発起の本質は - 出来事の複雑な一連をまとめると – ナサニエル・ベーコンと言う名のプランター(農園主)の指導の下で、アフリカ人の奴隷達と英国人の契約下の従者達を団結させた事でした。ベーコンの市民軍がジェームズタウンの街を焼いた際に、ジェームズタウンの貴族達は、現在のデルマルヴァ半島に逃げ込みました。その結果は、労働階級を白人と黒人に色分けした法律による、アメリカの人種差別の種植えでした。

この簡単な再検証が示唆し、2008年から2019年までの、これから訪れる期間が、以前の何よりも、より大荒れに成ると予測する事が出来るのは - 何故ならこの天王星-冥王星のスクエアが、米国の出生表の太陽-土星のスクエアと、グランド・クロスを形成するためです。また、このグランド・クロスは、2010年代の中期の間に、正確な角度の中に成ります。2015年3月に成ると、天王星は牡羊座の15度に入り(米国の出生表の天秤座の15度の土星のオポジション)、その間、冥王星は山羊座の15度から、米国の出生表の太陽のオポジションに成るためです。それは、フランスと先住民達との戦争の、天王星-冥王星のスクエア、そしてまた1930年代の大不況の時代に類似した正確性でしょう。それは、60年代のコンジャンクションに続くので、その時代からの残された問題を汲み上げ効果すると予測されるでしょう。金融的なニュースレターの著者達が指摘する事を好む様に、過去の実績は未来における実績の保障ではありません。そして、科学者達が指摘する事を好む様に、占星学は、知られている原因-効果(結果)の媒質が無いので、科学的に確認する事が出来ません。相関関係について、科学を満足させるには三十度の重複作業が必要ですが、全ての繰り返している惑星的なサイクルは、常に変化し続けている天界的な環境において起こっています。宇宙的な時間における全ての瞬間は特徴的なので、重複作業は可能ではありません。

太古の信仰は、惑星的な影響力が、外向きの因果的な平面からの、目に見えない働きで、常に変化し続ける状態として体現していると言うものでした。この目に見えない、因果的な領域は時に、神々と女神達の領域と呼ばれ、ヒンドゥーの伝統のリシ達です。この領域について私達が理解した事は、神話の中で私達に伝えられました。惑星である冥王星は、ヘデス(黄泉の国)の神のための名前でした。彼について最も広く知られた神話は、オルフェウスとユーリディスの逸話です。惑星プルート(冥王星)は「カルマ、オカルト(隠された)知識、心理の最下層、魔術、セックス、そして繁殖的な欲求、治癒、クンダリーニ、変格、そして死を含んでいる、全ての隠された物事の統治者で・・・そのエネルギーは、私達人間の本質である、生き残るための本能の、それらの隠された創始的な推進力と熱望に燃料を注ぎ・・・それは私達がプルトニウムを発見した同時代の1930年に発見されました。この火山的で原子力的なエネルギーは、プルートが含んでいる力の象徴です。」(土星と冥王星の現象、ジェイ Michaud とカレン・ヒルヴァーソン著、ウェイザー出版 Inc.、1993年。)

天王星は自由を要求します。アフリカのヨルバの神話の中で、天王星は太陽神の反抗的な息子で、慣習と伝統を否定して、新たで、独自な、そして未だに試されていない事を求めます。マイナス(陰)にアスペクトされた時、天王星は奇抜さ、狂信、無秩序を助長します。彼は、制限し、圧迫するあらゆる権威に対して反抗します。プラス(陽)にアスペクトされた時、彼は無知からの開放を求めます。天王星は時々、道徳観念が無く、進歩をもたらすためにあらゆる可能な方法で、過去に対する結びつきを壊すとして見解されます。彼は電気を統治すると言われ、彼の名前は驚きと同義です。彼は予測出来無いもの、前例が無いものをもたらします。60年代の反戦争の運動の強さと巧妙さは、二人の大統領達、リンドン・ジョンソンとリチャード・ニクソンを退任へと追いやりました。占星学的な見識から、これは天王星と冥王星のコンジャンクション、一緒に働くためのエネルギーの融合の結果でした。

これから訪れる天王星-冥王星のスクエア

2014年に成ると、冥王星、天王星、木星、そして火星によってグランド・クロスが形成され、全ては米国の出生表の太陽-土星のスクエアにアフリクト(凶)しています。最も驚きなのは、このこれから訪れる天王星-冥王星のスクエアが、2008年から2019年までの11年間の殆どのために、オーブ(影響範囲)の中のままにある事です。それは、2019年の早期まで、分離する予定にはありません。これは例外的に長く残る、天王星-冥王星のスクエアに成るでしょう。

2014年において土星が、米国の出生表の太陽-土星のスクエアに対してアフリクト(凶)しているグランド・クロスの一部に成らない事は何を意味しているのでしょう?土星は、魚座の中にある天王星のオポジションに入る時である、2008年の夏から、そのダメージを行い、両方が米国の出生表の火星-海王星のスクエアにアフリクトし、株式市場と金融的なシステムを崩壊させ、全体的な経済に衝撃を与えるでしょう。土星の過去のシステムのための保存は、現在、2008年に、天王星の自由、革新、そして変化のための要求と矛盾にあります。

前回、冥王星が天界のこの部分を通って移動していたのは、アメリカ革命に繋がった年月の期間でした。それは、米国の出生表の天王星のオポジションで、フランスと先住民達との戦争の間の通過していた天王星のスクエアでした。それは、英国の政府がアメリカの入植者達を圧政し、世界的な企業をひいきしていた1768年において、米国の出世表の蟹座の中の太陽に正確にオポジションでした。現在、アメリカの政府は、労働階級の市民達を圧政し、世界的な企業をひいきしています。1760年代と1770年代にニュースが届くのに数か月かかったのとは対照的に、現在それは、数秒で届きます。

1930年代の早期、土星にスクエアな天王星にスクエアな冥王星によって創造されたグランド・クロスは、その大不況のどん底だった1931年に最も正確で、そしてその後、土星が比較的に素早く山羊座を通って移動したので、弱まりました。ダメージが成され、持続的な経済の回復は1940年代と第二次世界大戦まで起きませんでした。幾らかの歴史的な説明は、ルーズベルトの社会的な政策が、その国を大規模な反乱から救ったと強調します。もう一つの思想的な見識から見ると、ルーズベルトの政策は、その大不況を延長させました。この十年間の間、反抗的なデモを抑え、不動産を守るために、警察と州兵軍が忙しくしていました。幾らかによると、資本主義的なシステムは、労働階級のために成った多くのその他の政策の中の、失業保険、社会保障、そして第二次世界大戦後の退役軍人の権利の法律によって救われました。

2015年12月に成ると、通過している天王星と冥王星によって形成されたグランド・クロスのパターンが、米国の出生表の太陽-土星のスクエアを、その掌握の中に握り続ける際に、射手座の中の土星は、米国の出生表の双子座の中の天王星のオポジションに移動し、通過中の海王星にスクエアします。これが示唆するのは、経済的な問題の長期化と、二度目の革命と/または市民戦争のはっきりとした可能性です。米国の「企業化された」政府が現在、地球規模に広がり - そしてニュースは今ならもっと早く届くので - 二度目の革命は国家的であると同時に、世界規模に成る可能性があります。

2019年1月に成ると、土星と火星が、米国の出生表の太陽-土星のスクエアに対してグランド・クロスを形成し、天王星-冥王星のスクエアはオーブの外へ移動します。火星がより俊敏にゾディアックの周りを移動するので、この土星-火星のスクエアは短期間しか続きません。2月に成ると、火星は牡牛座の中へと移動します。この時に成ると、経済は回復の兆しを見せ、そしてとても長かった天王星-冥王星のスクエアは恐らく幾つもの経済的な常識(推測)を革命化した(覆した)でしょう。

2019年1月の中頃:山羊座の中の土星 ♄ が牡羊座の中の火星 ♂ とスクエア(i.e. 米国の出生表の太陽-土星とのグランド・クロス)
6 20190115

そうであれ、2019年が問題のこの時代の終わりを印すと言う保証はありません。必要とされている実践的な変化が、思想、または - 魚座の中の海王星と共に - 宗教的な狂信によって妨害される危険性があります。以前の状態よりも良い状態で私達が立ち直るであろうと言う私の楽観主義は、アメリカの人々の良い本質な、実用性における信念に基づいています。

富裕層対貧困層

これから訪れる十年の痛みを最小限化するために、何が行われる事が出来るでしょう?

最初に、占星学は、私達が完全に驚かされ、そして「サンドバッグにされる(滅多打ちにされる)」事から、私達を救う事が出来ると知るのは重要であると私は信じます。天王星が前例の無いものをもとらすとさえしても、私達はそれが何処から来るのかを知ります。第二に、大不況が、経済的な不均一(不公平)の結果であると知る事が重要です。米国の歴史における大不況の全ては、最富裕層と最貧困層の間の新記録的な格差によって先行されました。ユーザリー(金利制度/過剰過ぎる金利、またはマネーからマネーを造る事)は、現在、聖杯の一種として推進され、社会の破壊者としてのその長い歴史が、無視されています。ですから、現在の不均一を私達が集合的に正す事が、早ければ早い程、良いでしょう。もし私達がこれを自主的に行わないなら、「出来事が同時に生じ」、そして状況がそれを強要するでしょう。

規制されていない資本主義は、経済的なパイを劇的に拡張しますが、規制されていない独占資本主義は、富裕層と貧困層の保つ事の出来ない不均一を創造します。官僚制度化された社会主義は、貧困層を引き上げ富の格差を狭めますが、経済的な革新と拡張を不満にさせます。故に、そのぶら下がっている問いは、どのコンビネーションが、富裕層と貧困層の間の不均一無しで、流動的な資本主義を可能にするシステムを創造するのか?です。

このジレンマの成功的な解決は、良い経済的な時代と悪い時代のサイクルを終わらせはしませんが、大不況と共に関連させられる様に成った苦しみを最小限化するでしょう。

2019年までに解決されるであろうと私が予測する問題(矛盾)は、特に企業に関する経済的なシステムの、新-封建主義と民主主義の間のものです。「私達は、表向きの企業を、会計士達の理性的な道具としてとらえるかもしれませんが、それはそうではありません。それは、野蛮な時代における、野蛮な人達の発想で、彼等自身のために莫大な富をかき集める事に無我夢中で、そして企業は公共の善のために奉仕しなければならないと言う概念に対して、封建制度的な反乱を導いています。ですが、(トマス)ペインが私達に思い出させる様に、泥棒男爵達がその墓の向こうから私達を支配出来ると言うずうずうしさは、全ての暴政の最も横暴なものです。」(資本の神聖な権利、マージョリー・ケリー、BK 出版、2003年、142ページ。)

大企業の複合体と、関連した金持ちの投資家達のネットワーク、そしてロビーイスト達が現在、米国議会と私達の政府のその他多くの省庁、そして世界中のその他の国々の政府を牛耳っています。彼等が構築している新-封建主義は、反-民主主義的です。彼等の支配の下の世界において民主主義の装いは可能ではありません。資本主義の純粋な形状は奴隷制度です。人類は同時的に、更にもっとより良い民主主義に向かって多大な推進力と共に運動しているので、それらの勢力の間で衝突が起こるでしょう。新-封建主義者達は - 彼等が飼い慣らす銃を持った人達と共に - 全ての戦いに勝利するかも知れませんが、彼等の世界は、経済的にも、環境的にも、保つ事が出来ません。

皮肉にも、2014年までに私達が対処しなければならない経済的なゴタゴタは、富裕層と貧困層の不均一を激化させたブッシュ政権において根源を有します。自由市場と呼ばれるものの信仰者として、ブッシュは唯単に、彼の教育が、彼に教えた事を行いました。「企業主義」の資本主義のこの形状は時代遅れで、予想された利益のトリクル・ダウン(おこぼれ)は、必要としていた人達に届きませんでした。富の分配は、時々、ピラミッドの形として描写されます。そのピラミッドの底辺の90%が崩れると、その天辺の10%はそれと共に転げ落ちます。ブッシュの超富裕層のための減税、社会保障の民営化、そしてマネーに利益的な戦争のための国家的な資産の略奪は、天王星と冥王星に対する赤絨毯の歓迎を体現しました。

日本の出生表:
明治憲法の発布
戦後の昭和憲法
戦後の昭和憲法の施行

世界で「建国記念日」を法律で定めて祝日とする国は多いが、何をもって建国記念日とするかは国によって異なる。日本では、実際の建国日が明確ではないため、建国神話をもとに、建国を祝う日として「建国記念の日」が定められた。2月11日は、日本神話の登場人物であり古事記や日本書紀で初代天皇とされる神武天皇の即位日が、日本書紀に紀元前660年1月1日 (旧暦)とあり、その即位月日を明治に入り新暦に換算した日付である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%BA%E5%9B%BD%E8%A8%98%E5%BF%B5%E3%81%AE%E6%97%A5

歴史:作り話、それとも科学?

History: Fiction or Science?
歴史:作り話、それとも科学?

1 history-fiction-or-science-chronology
by Anatoli Fomenko
アナトリー・フォメンコ著
http://www.caam.rice.edu/~yad1/miscellaneous/References/Other/%28E%29%20Anatoly_Fomenko_History_Fiction_or_Science_1.pdf

年代歴1
問題の紹介。スカリゲリア(世界史の教科書)的な年代歴の批評。
数学的な統計学によって提供された年代鑑定法。日食/月食とゾディアック。

年代歴2
王朝的な平行性の方法。ローマ。トロイ。ギリシャ。聖書。年代歴的なシフト(ズレ)。

年代歴3
年代歴に応用されたとしての天文学的な方法。プトレマイオスの Almagest
Tycho Brahe. コペルニクス。エジプトのゾディアック。

年代歴4
ロシア。英国。ビザンチン。ローマ。

年代歴5
ロシア=ホード。オットーマン=アタマン(オスマントルコ)。中国。日本。エトルースカ。エジプト。スカンジナヴィア。

年代歴6
ホード-アタマン帝国。聖書。宗教改革。アメリカ。パスオーヴァーとカレンダー。

年代歴7
世界的な歴史の再構築。ノヴォゴロドのカーン(ハーン)=ハプスブルグ王朝。種々雑多な情報。
ユーラシアとアメリカの歴史と文化における大いなる帝国の遺産。
http://www.chronologia.org/en/

年代歴1:第三章
黙示録の中で描写された天文学的なホロスコープの新たな日付
より、

1.提案された探求の方法

私達は以下の自然的な方法で、天文学的、または占星学的な象徴を含んでいる、太古の遺物を年代鑑定する試みを行ってみましょう:私達は占星学的な象徴の、中世のシステムの援助と共に、幾つもの太古の文献の中に含まれた天文学的な言及を調べてみましょう。占星学についての多くの中世の本は、例えば、惑星を天界的な球体(空)を渡る二輪馬車、またはそれらを引く馬と共に一致させます。惑星的な運動は、恐らく馬の一っ跳びとして知覚されました。

私達の手法は、占星学的な象徴と、私達が理解可能な言葉におけるそれらの解釈の両方を含んでいる、検証されている文献と、類似した中世の文献の比較に基づきます。言い換えると、私達が提案するのは惑星を二輪馬車、または馬に一致させる中世の占星学的な「辞書」の一種の助けと共に、太古の占星学的な記録を読む事です。勿論、その方法の応用の可能性は、古い文献を年代鑑定するその他の独立的な行程によって確認可能な理解出来る結果を得る事を、もしその様な辞書の使用が助けられるなら、実証されます。N.A. モロツォフは、明らかな天文学的、または占星学的な象徴を含んだ幾つもの聖書的な本に、この行程を応用した最初の人でした。この紹介において数字化された日付は、モロツォフによって得られました。この題材についての彼の研究([542]と[543])が現れて以来、多くの専門家達が彼の計算における間違いを見つけようと一貫的に、そして非-成功的に試みましたが - しかしながら、中世の「占星学的な辞書」の援助を共にした聖書的な文献の彼の解釈の正確さは、ルールとして、疑いを否定しました。モロツォフの占星学的な文献の解読は、最初に、歴史家達によって完全に自然的で、異常を含んでいないと知覚されました。

N.A. モロツォフはまた、聖書的な(ヨハネの)黙示録の著者は意図的には何も暗号化せず、彼の時代の天文学的な言語を使い、彼が実際に観ていた天界的な球体(i.e. 空)を描写していただけだと言う彼の推測における先駆者でした([542]と[544]、第一巻、3-70ページ)。

黙示録の年代を西暦4世紀とするモロツォフの年代鑑定は、実際に黙示録の文章の中に含まれたはっきりとしたデータには100%一致しないと、私達は前もって読者に伝える事が出来ます。西暦6世紀以後のスカリゲリア(教科書に載っている)年代歴の正確性に誤って納得したために、モロツォフは最初から、全く成功的では無いのに中世初頭に留まり - 偏見を持たない分析が表す様に完璧に当てはまるものがあるのに、西暦15世紀の終わりからのもっと良い天文学的な解決策を意図的に否定しました。

黙示録とその創造の年代についての一般的な情報

この筆者達は、1898年、1912年、そして1968年の聖書のロシア版からの黙示録を引用します([67])。翻訳は新国際版を使います。

啓示書としてもまた呼ばれる(ヨハネ/ジョンの)黙示録は、新約聖書の27冊目で、最後の本です。その黙示録は新約聖書の欠かせない部分であると考えられています。しかしながら、中世のロシアにおいて黙示録は、ルールとして新約聖書の文献には含まれていませんでした。年代歴6の中でスラヴ語の聖書に関する章において私達が実証する様に、黙示録のスラヴ語の文献は例外的に珍しく - 例えば6世紀-8世紀に年代鑑定される黙示録の文献は1つだけしか知られておらず、それに対して新約聖書のその他の部分は、同じ期間から158種知られています。更に加えて、17世紀に成ってまでも、黙示録と神聖な聖者ジョン(ヨハネ)の啓示書は明らかに全く異なった本を示唆する事が出来ます。(年代歴6の、付属文献を参照して下さい。)

これが意味するのは、黙示録の歴史、そして特にその年代に関して緊密に関係している多くの不確かさです。提案された年代はとても様々で歴史家達の間の不同意を示しています。例えば、ヴァンデンバーグ・ヴァン・アイシングは、黙示録を西暦140年とし、ガーナックと E. フィッシャーによると西暦136年以前では無い、等々です。([765]の調査を参照して下さい。)

I.T. センダーレンドはこう記述しました:「この時代[西暦1世紀]、または、あらゆるその他の全ての時代における啓示書の年代鑑定は、とてつもなく複雑な仕事です」([765]、135ページ)。

更に加えて、V.P. Rozhitsyn と M.P. ザーコフの意見において、黙示録の創造は西暦2-4世紀に完結され、恐らく4世紀の可能性が最も高いでしょう!この意見は、スカリゲリア-ペタヴィウス(世界史の教科書)の年代歴にまったく一致しません。

その黙示録自体は、それ自体が書かれた時の時代の、はっきりとした年代歴的な示唆を一つも含みません。黙示録の創造の時代において間違いなく生きていたとして確認された実際の歴史的な人物は一人もいません。その文献自体において、絶対的な日付は全くありません。黙示録は一般的に新約聖書の書かれた本の最後であると考えられます;しかしながら、F.H. バウアーは、例を挙げると、黙示録は最後では無く、「新約聖書の最も最初の記述である」と断言的に主張しました([489]、127ページ)。A.P. Kazhdan と P.I コヴァレフはまた、黙示録は新約聖書の最後の一冊では無く最初の本であると言う意見を持ちました([765]、119ページ)。

更に加えて、幾らかの研究者達は、黙示録を、福音書と3つの使徒書簡を記述したとされる、ジョン(ヨハネ)に帰属させる事をはっきりと否定します。一般的に、黙示録の著者についての正確な情報は存在していないと推測されています([448]、117ページ)。

G.M. Lifshitz はこう記述しました「黙示録の著者は天文学をよく知っていて:彼が描写する龍、獣、馬、等々のイメージは、天界的な球体(空)における星座の姿に似ていて、それは中世の星の図表の上にも同様にデザインされています([489]、235-236ページ)。

しかしながら、これらの思考の全ては、20世紀の初めにおいて N.A. モロツォフによって表現されました。明らかに、彼の理由づけの一線は、上述された著者達の少なくとも何人かに強い印象を与え、そして彼等は実際に、その様な研究者達にとても典型的ですが、彼(モロツォフ)に言及する事無く、彼の主張を繰り返しました。

M.M. クブラノフはこうまとめます:「年代歴の問いについての矛盾的な論説のこの豊富さは、主に、頼る事が可能な証拠の少なさによって説明出来ます。広まっている状況の下で、それらの記述の年代鑑定のための唯一の方法は、その記述自体です・・・新約聖書の頼りがいのある年代歴の確率は、未だに解決されていない問題です」([448]、120ページ)。

ですから私達は、終に、黙示録自体に目を向けましょう。その天文学的な本質は、特に太古の天界的な図表と比較された時、直ぐに明らかに成ります。(17世紀に年代鑑定されると主張される中世の地図、例えば – [元記事の]図3.1,3.2,3.3、そして3.4を参照して下さい。)

明らかに、黙示録が記述された少々後に、その明白な天文学的な意味が忘れられました。もし、幾らかのプロの天文学者が、太古の図表の上の姿と黙示録の描写の類似性に気付いたとしても、彼がこれを偶然であると知覚したのは、彼が、彼自身のスカリゲリア(世界史の教科書)の知識(洗脳)から、彼を解放出来無かったためです。今日の聖書の歴史家達は、聖書的な文献の中のあらゆる天文学的な言外の意味を発想する事が出来ません。私達がこれから実証する様に、天文学的に聖書の幾つかの断片を年代鑑定するのにはユニークな可能性があるかも知れません。もしこれが当てはまるなら、私達は「伝統的」なものが主張するのとは全く一致しない日付を出すでしょう。黙示録は、世の終わり、または審判の日についての、有名な預言を含みます。この預言は、その著者が天体的な球体の上で観測した象徴的な描写に対する直接の関係です。これは、17世紀頃に生きていた、黙示録のイラストを描いた画家によって未だに覚えていられました。私達はその様な例を図3.5に与えます。私達が既に記述した様に、後の時代の解説者達の、黙示録の天文学的な象徴を理解出来無い無能さは、正しい年代歴についての知識の消失と、16-18世紀におけるその後の歴史家達によって紹介された湾曲と共に直接関連しています。その様な危険な題材と考えられたものには暗黙の一般的なタブーがあったかも知れず、黙示録の誤った年代設定に結果したかも知れません。どちらの場合にせよ、黙示録が含んでいる天文学的な描写の理解は、ある時点において失われてしまいました。黙示録は、その読者達の眼の中の、そのはっきりとした天文学的な色合いを失いました。しかしながら、その「天文学的な構成要素」は、単純に例外的に重要なでけでなく - それだけが、その本自体の年代鑑定のために十分です。

私達は黙示録の天文学的な断片に目を向けてみましょう。私達の探求の主要なアイデアは、黙示録と中世の天文学的な図表との比較において構成されています。その様な比較はその2つの間の多くの平行線と、更に直接の偶発を明かします。これは、黙示録の著者によって記述された天文学的なホロスコープの自信を持った判断を許します。

私達は読者達が、何らかの方法で星々を示している星の図表に彼等の注意を寄せる事を提案します。現代の空の図表でも十分でしょうが中世の星の図表だと更によく、例えば図3.1と3.2に私達が供給した Albrecht Dürer 、または人が3.4と3.3に観る、Almagest からの図表が良いでしょう。

3.北斗七星と王座

黙示録はこう述べます:「ヨハネからアジヤにある七つの教会へ。今いまし、昔いまし、やがてきたるべきかたから、また、その御座(王座)の前にある七つの霊から、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。」
黙示録1:4-5)

フランスにおいて、北斗七星は未だに魂の二輪馬車と呼ばれています。これは、中世の本の中で、アピアヌスによってどの様にこの星座が描かれていたのかです([1013])。この太古の姿は以下に観られる事が出来ます – 年代歴1、4:3.7.参照。)

その王座:北斗七星は、故によく知られた星座(大熊座)の真ん前です。(図3.6に与えられた星の図表の断片を参照。また、黙示録のギリシャ語の文献は王座「Throne」[tronos]に言及します。)

4.パトモス島の上で起こった出来事

黙示録はこう述べます:「御座からは、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴とが、発していた。また、七つのともし火が、御座の前で燃えていた・・・また御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。」
(黙示録4:5-6)
故に、栄光の中で神が座るその王座の前に、7つのもし火のランプが燃えていました。「水晶に似たガラスの海」は明らかに黙示録の著者によって観測された夜空です。

黙示録はこう言います:「わたしヨハネは、・・・パトモスという島にいた。
(黙示録1:9)

その観測の地点は明確に定義され - 地中海のパトモス島です。黙示録の全体を通してまた強調されるのは描写された出来事の主なエリアが天界的な球体(空)だと言う事です。

5.カシオペアの星座とその王座(北斗七星)は、中世において、彼の王座に座るキリストとして描かれました

黙示録はこう述べます:「その後、わたしが見ていると、見よ、開いた門が天にあった。すると・・・御座が天に設けられており、その御座にいますかたがあった。その座にいますかたは、碧玉や赤めのうのように見えた。」
(黙示録4:1-3)

その王座に座っている人は、中世の星の図表の殆ど全て、例えば - Zodiaque expliqué ([544]、第一巻、81ページ、図36)、または A. Dürer ([544]、第四巻、204ページ)、アル-スーフィの図表([544]、第四巻、250ページ、図49)等々に見られます。図3.7と3.8はその様なイメージを供給します。

それらの図表の全ては、王座についたカシオペアを描写します。

その王座についた姿は16世紀の多くの星の図表の上に見られ、通常、天の川の中心においてです。黙示録はその王座を囲む虹があると示唆し:「御座のまわりには、緑玉のように見える虹が現れていた」(黙示録4:3)と述べます。その虹は、架け橋の様に夜空に広がる発光的な天の川のための正確なイメージとして十分です。

「王座につかれた人」と、(私達が「碧玉(ジャスパー)や赤めのう(カーネリアン)の様に見えたと伝えられる)宝石との真正面からの比較は、黙示録のイメージが天界的な球体から取られていると言う印象を強化します。実際に、星々ときらめき輝く宝石との比較は、完璧に理解可能で自然的です。

黙示録が実際に言及する、カシオペアの星座とキリストとの一致は、中世の図表の上で、故にははっきりと描写されました。例えば、ラディウスの本([1361])は、その上でにされたカシオペアを共にした王座の絵を含みます。その王座の背もたれが十字架の役割を果たし、そしてその姿の両手は、それに対して縛られています。これは明らかに、キリスト教の磔の一種です。(図3.9参照)

王座の上の王の姿は、エジプトの星の図表の上にもまた見られます([1162]と[1077])。図3.10と3.11の上で、人はエジプトの図表を見る事が可能で、イメージのエジプトの象徴が驚く程にヨーロッパのものと類似していて、それらの両方が同じ教義に帰属している事を意味し、それを明らかにしています。

故に、黙示録は、中世の時代に王座へとつかされたキリスト(王)の「星的なイメージ」として実際に知覚された、カシオペアの星座への言及を含みます。

6.天の川

黙示録は、「その王座を囲む、エメラルドに類似した虹」の事実に言及します(黙示録4:3)。人は、全ての中世的、そして近代的な星の図表の上でその王座の星座を囲んでいる「虹」を見つけます。「人が座っている」その王座の星座は常に、天の川の発光的な帯によって囲まれています([1162]、[1077]と[1361])。

7.星座的な24時間と北方の王冠の星座

黙示録はこう言います;「また、御座のまわりには二十四の座があって、二十四人の長老が白い衣を身にまとい、頭に金の冠をかぶって、それらの座についていた。」
(黙示録4:4)

完全な天文学の教科書は、その昔の日々において空が、24の羽根の形をした帯に分離され、つまり天界的な球体の極(空の北極)において一点集中する、24の子午線の部分に分けられていた事を指摘します。(例えば[542]、44ページ、または[544]、第一巻、7ページ、図6を参照)。それらの部分はまた、星座的な時間、または直接の星的な上昇の時間と呼ばれました。その24時間は、星座的な座標のシステムを定義し、それはザッカライアス・ボーンマンの本の中の天界的な球体の中世のイメージの中にもはっきりと見る事が可能です(図3.12)。

故に、黙示録のそれぞれの「長老」は明らかに、座標の赤道的なシステムにおける星の1時間で、それは天文学における天界的な球体のための基準的な分類です。

「長老達」の白い服は単純に、空の星々の白い色の体現です。その黄金の王冠は明らかに、頂点の近くに位置する北方の王冠(北極星に言及し、24人の「長老達」、時間、または部分の全ての頭の真上です。(図3.13)。

8.獅子座、牡牛座、射手座(注:水瓶座)、ペガサス(注:蠍座)

黙示録はこう述べます;「御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。御座のそば近くそのまわりには、四つの生き物がいたが、その前にも後にも、一面に目がついていた。」
(黙示録4:6)

これは、その王座の星座を囲む、天界的な球体の描写で、星々(または「目」)と共にちりばめられています。「その王座の周り」の場所の、元々の不透明な言及が理解可能に成り:その王座の実際の星座が言及されると同時に、その背景の全てに渡って散りばめられたより小さな星々に言及されます。

ですが「四つの生き物」と「目がついていた」は何を意味するのでしょう?これは、星の図表に目をやると明らかに成ります。更に加えて、それに続く行の中で、黙示録は鮮明にこう言います:「第一の生き物はししのようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人のような顔をしており、第四の生き物は飛ぶわしのようであった。」
(黙示録4:7)

獅子座は、秋の始まりの前(夏)に、太陽によって訪れられるゾディアック的な星座です。(例えば、Dürer とグリーンバーガー([1162])の中世の図表を参照して下さい。また、図3.4、3.3そして3.14を参照。)

牡牛座は、夏の始まりの前(春)に太陽によって訪れられるゾディアック的な星座です(Dürer とグリーンバーガーの同じ図表と同時に図3.15を参照。)

人の様な顔の生き物(センタウルス)は明らかに、冬の始まりに太陽によって訪れられる射手座のゾディアック的な星座への言及です。(図3.16参照)
訳者註:此処で言及されている人の顔を持つ生き物は水瓶座です。)

その「飛ぶ鷲の様な」生き物は、その様な星座は存在しますが(図3.17参照)、実際に鷲ではありません。これは、羽根のついた生き物である有名なペガサスである可能性が最も高く、上述に示唆された黙示録の中の星座の数を完結させます。太陽はペガサスの星座を、春の始まりの前(冬)に訪れます。(図3.18参照)。本来、ペガサスはゾディアック的な星座では無く赤道的な一つですが;しかしながら、ペガサスは、魚座と水瓶座のゾディアック的な星座の間の黄道に殆ど触れます。黙示録のギリシャ語の文献の中には、鳥では無くむしろ、哺乳類に言及する言葉さえ存在します([542])
訳者注:現在の蠍座は、一昔前まで、鷲座とも呼ばれていました。故に、此処で言及されているのは「ペガサス」では無く蠍座です。つまり、春分点が牡牛座の中にあった時代、夏至は獅子座の中にあり、秋分は蠍座の中にあり、そして冬至が水瓶座の中にあったと言う事への言及です。以下のゾディアックの図を参照して下さい。

牡牛zodiac.jpg

故に、黙示録は明らかに黄道に沿った4つの主要な星座(春分/秋分、夏至/冬至)を数え:獅子座(夏至)、牡牛座(春分)、射手座(注:水瓶座/冬至)、そして「殆どゾディアック的な」ペガサス(注:蠍座/秋分)です。

黄道の上の直角(十字)の軸における4つのよく知られた星座(i.e. 春分/秋分、夏至/冬至)の選択は、中世の天文学の基準的な方法です。明らかに、その4つの星座は(恐らくその他も)、Brugsch のテーベのホロスコープからの四角形のゾディアックの角度においても類似して設定されました(年代歴3、第二部参照。)類似した四角形のゾディアックはまた、中世のインドにおいても描かれました([543]、115ページ)。

故に、季節を代理する4つの星座が、四角、または十字を形成しました。ですが、北極から伸びる正に24の星の部分(または羽根)があり、それらの動物の星座のそれぞれ一つ、一つには、正に直接の上昇の6つの部分があり、つまり、それらは、それらの周りに6つの「羽根」も持っています。言い換えると、それぞれの動物の星座は、天界的な球体の上のそれらの6つの部分-羽根によって覆われた地域の中に位置します。

着目すべきは、その中で私達が、「この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。」(黙示録4:8)と私達が読む、黙示録の中に、この全てが絶対的な正確性で描かれている事です。此処におけるその「目」は、星々です。ついでに、ギリシャ語の文献はこれを「内側と周り」として形成します([542])。

「内側も周りも目に覆われた動物」は、殆ど恐らく星座で、ですから問われている「目」は、星的な本質であるべきでしょう。実際に、それらはあらゆる中世の星の図表において、正にこの形状で描写されています(例えば、図3.1と3.2の Dürer の図表、そして同時に図3.4と3.3の Almagest の図表を参照して下さい。)

9.北方の王冠(北極星)の日々の回転

地上的な球体の北半球の中間的なゾーンにおいて、その部分、または「羽根」の上部は決して沈みません;しかしながら、その下部、または「長老達」の「膝」は、最初に地平線の下に沈み、その後再びそれは上昇します。故に、それぞれの星的な時間は、地平線の東側の部分において膝から上昇し、そして西側において膝まづく様に見えます。それらは故に、その回転の中央である空の北極と、その近くの王座の星座を崇拝している様に知覚されました。

再びもう一度、この全ては正確に黙示録の中に描写されています。実際に、その黙示録はこう述べます:「二十四人の長老は、御座にいますかたのみまえにひれ伏し、世々限りなく生きておられるかたを拝み、彼らの冠を御座のまえに、投げ出して言った」
(黙示録4:10)。

地中海の緯度における日々の回転の行程において、北方の王冠(北極星)の星座は最初に頂点へと昇り、その後、その地平線の北方の部分へと下降します。私達が考えているのは、パトモス島の緯度のための地域的な頂点です。

黙示録の中の天文学的な象徴の存在が既に完璧に鮮明に成ったので、私達は黙示録の中に記述されたその他の星座と星々の具体化は続けません([542]と[544]参照)。

10.中世の天文学における馬の様な惑星

私達は此処で、年代鑑定に関して極度に重要な事実の幾つかを扱います。惑星に対して天文学者達の関心を最初に引き寄せたのは、それらの素早い運動でした。それらの移動は観測者の眼に対して、とても不均整でした。地球の軌道の外側に位置する外側の惑星と呼ばれるものは、定期的なループ(輪)において運動していると描写されました。土星と木星のためのその様なループの例は、図3.19と3.20の中で見られ、火星に対しては - 図3.21に見られます。それらの惑星は停止し、レトログレード(後進)を始め、そしてその後、再び前向きに急ぎ出す様に現れます。これは明らかに、クリスタル(透明)な蒼穹(空)において、馬達が駆け回る事との比較に生を与えました。天文学と占星学にこの鮮明なイメージが印象的だったのは、驚きでは無いでしょう。

太古のガウル(南フランス)の貨幣は、馬的な惑星を描写し、図3.22の上で表されています(また、ジョン・ブレークによる天文学的な神話、1887年も参照して下さい。)それらの一つは、水瓶座の星座の瓶の上を飛び越える騎手(S の文字)を共にした馬を描写します。この星座は、例えばアルブマサーの中世の本([1004])の中においての様に、瓶の形状、またはそれから水を注ぎ出している瓶を持つ人によって、頻繁に描かれました。

2つ目の貨幣の上に私達は、その背中に蟹座を乗せた、馬的な惑星を見つけます。その馬は、山羊座の上を飛び越えています(図3.22参照)。

それらの古い貨幣は明らかに、中世の天文学者達の少なくとも幾らかが、惑星を馬達と一致させた習慣を示唆します。

この象徴性の更なる発展は、自然的に、二輪馬車に繋がれた馬達の形状における惑星のイメージの使用に繋がりました。太陽的なイメージは特に中世において広く使用され、7つの惑星(月火水木金土)に含まれました。馬達に引っ張られる太陽は、1562年からの Ioanne Tesnierio の本([1440]と図3.23)、1489年に出版されたとされるレオポルディの占星学的な研究([1247]と図3.24)、そして1515年のアルブマサーの本([1004]と図3.25と3.26)の中で体現されています。

二輪馬車に乗った火星を引っ張っている馬達は、Ioanne Tesnierio の1562年の本([1440]と図3.23)と、アルブマサーの1515年の本([1004]と図3.27)の中に見られ、火星は、その占星学的な記号で言及されています。

時にその様な本は、二輪馬車に乗る実際の馬達を描写し、二輪馬車と馬達を一致させました。木星の二輪馬車は例えば、駆け巡るセンタウルスによって引っ張られた巨大な車輪の上に描かれ、アルブマサーによる本([1004]と図3.27)の中で見る事が出来ます。

その概念は発展しました。時にその馬達は星座の全体を引っ張りました。1562年に帰属される Bacharach による本の中で([1021])、馬達は御者座を引っ張ります。類似した形状はラディヌスの占星学(図3.28)にも見られます。

天文学者達は惑星のジャンプに多大な価値を帰属させたので、前進、またはレトログレード(後進)のどちらかの、それらの運動が始まる寸前の停止(している様に見える現象)に言及するために、停止した二輪馬車の特別な象徴を用意しました。アルブマサーによる中世の本([1004])は、例えば、全ての惑星:水星、金星、火星、木星、そして土星の停止した二輪馬車を描写します(図3.25と3.29)。

時には馬の代わりに二輪馬車は、グリフィン、鷲、等々の想像的な動物によって引かれました。アルブマサー([1004])とIoanne Tesnierio ([1440]と図3.23と3.30)による中世の本の中で、類似した「馬達」が惑星を引っ張るのが描写されました。

幾つもの言語の中で1週間の日が、「惑星的な一週間」と呼ばれるものと一致させられているのはよく知られています。もう一方で一週間の日々は頻繁に、馬達として描写されました。馬的な惑星が星座の間、または中を通る時、それらの星座は「鞍を付けられた」と言及され、故にそれらをこの馬の騎手へと変格させました。

ですが、私達は黙示録に戻りましょう。

11.射手座の中の木星

黙示録はこう述べます:「そして見ていると、見よ、白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられて、勝利の上にもなお勝利を得ようとして出かけた。」
(黙示録6:2)

これは明らかに、その栄光的な騎手、または弓を伴った星座を運んでいる、明るい馬的な惑星です。ゾディアックの中にその様な星座は一つしか無く - 射手座です(図3.16)。

その馬は白いと言われました。ギリシャ語の文章はこれを「眩しい白」、または「輝いている」とします([542])。「勝利の上にもなお勝利を得よう(征服者)」の特徴と、これが乗って出る最初の馬である事実のコンビネーションは、これが木星に言及している可能性を最も高くします。

もう一つの眩しい白い惑星は金星ですが;しかしながら、黙示録の文章(12:1)が太陽は乙女座の中にある事を示唆し、この場合、太陽から決して遠く離れる事の出来ない金星が射手座の中にあるのは不可能なので、それが其処にある事は出来ません。私達は故に、木星が射手座の中にあった事実の直接の言及を与えられます。

12.双子座、または牡牛座のどちらかにおける、ペルセウスの下の火星

黙示録はこう言います:「すると今度は、赤い馬が出てきた。[ギリシャ語の文章はこれを以下の様に訳します:「もう一つの馬が出て来て、灼熱の赤だった([542]参照)」そして、それに乗っている者は、人々が互に殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。」
(黙示録6:4)

私達が此処で見ているのは、赤い馬的な惑星の描写です。その様な惑星は一つしか無く - 火星です。つるぎを共にした星座も一つしか無く - ペルセウス座です。故にペルセウスは黙示録において火星の騎手として描写されています。結果的に火星は、ペルセウスを上に伴った、双子座、または牡牛座のどちらかのゾディアックにおける位置にあります(図3.31の中世の星の図表の断片を参照して下さい。)これは、プトレマイオスの Almagest からの図表です。N.A. モロツォフは、これがゾディアック的な牡羊座が、ペルセウスの下に位置していた事を示唆すると提案しました([542])。しかしながら、その「下」と言う言葉が、黄道との関係においてのみ理解される事が出来るので、つまり、ペルセウス座はその極から、黄道へと投影されていると言う事です。ですがその様な場合ペルセウスは – 彼の背中を下にして - 不自然な位置において火星の上に吊るされるでしょう。これは、その同じ中世の図表、図3.31の上においても観測される事が出来ません。

この描写は、殆ど間違いなくペルセウスの足の下に位置するゾディアック的な星座に言及します。牡牛座か双子座のどちらかである以外は出来ません。ペルセウスはそれらの上に立っている様に現れます。ですが牡羊座の場合、彼は、彼の背中に横たわり、彼の足は上の方へ向けられます。更に加えて、その観測者の地域的な地平線の位置(地中海)を考える事が重要です。実際に、その観測者が、火星がペルセウスの下に位置すると記述する時 - つまり、ペルセウスが火星の上に見える時 - これが意味する可能性の最も高いのは、その地域的な地平線に対する関係において、それらの位置が与えられていると言う事です。例えば地中海地方の特定の場所の様な地域的な地平線に対する関係を考慮して、その観測者が火星の上にペルセウスが見られるその様な天文学的な解決策を人が探すのは当然です。

これは、N.A. モロツォフによってよく理解されていました。その解決策の一つの彼の熟考の間、つまり西暦1486年の解決策において、彼は火星に関する異常を全く記述しませんでした。ですが彼が示唆した日付、1486年10月1日には、火星は双子座の中に位置し、牡羊座ではありませんでした。私達は故に、火星が双子座か牡牛座のどちらかの中で探されなければならないと理解するべきです。

13.天秤座の中の水星

黙示録はこう述べます:「そこで見ていると、見よ、黒い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、はかりを手に持っていた。すると、わたしは四つの生き物の間から出て来ると思われる声が、こう言うのを聞いた、「小麦一ますは一デナリ。大麦三ますも一デナリ。オリブ油とぶどう酒とを、そこなうな」。
(黙示録6:5-6)

明らかにこれは水星で、主要な惑星の全ての中で最も見えにくいものです。太古において水星、金星、火星、木星、そして土星だけが、主要な惑星として考えられました。水星は正に「目に見えない」惑星でした。更に加えて、太陽に対するその位置的な近さのために、太陽光の強さ故に水星はめったな時にしか目に見えませんでした。故に、中世においては水星の位置を判断するにおいて間違いが頻繁に起こりました。

Synodal な翻訳は「汝の手の中の秤の上の1クオート」と述べます。ギリシャ語の翻訳によると、その騎手は彼の手の中に秤を持ちます([542])。第6章の全体は取引/貿易について述べます。小麦と大麦の価格さえも述べられます。マーキュリー(水星/ヘルメス)は商業のパトロン(守護)として考えられました。

故に水星は、天秤座の中において示唆されました。

14.蠍座の中の土星

黙示録はこう言います:「そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。」
(黙示録6:8)

ギリシャ語の文章は「死の様に青白く、緑っぽい」と言う翻訳を供給します([542])。殆ど間違いなく、これは不吉な惑星、土星への言及です。死と名付けられたその上の騎手は、明らかに蠍座です。中世において蠍座に入っている土星は、大いなる苦難の前兆と考えられました。

ギリシャ語の文章は、その行のもう一つの部分を「彼等は力を与えられた」と翻訳し、この「死」の象徴の対と更に上手く一致します([544]、第一巻、46-47ページ、図27)。

N.A. モロツォフは、黙示録の4頭の有名な馬を、惑星と一致させた最初の人ではありませんでした。E. リーナンはこの論説をモロツォフよりも更にもっと以前に提案しました([725]、353ページ)。リーナンは以下の様に考えました:

赤い馬=火星(これは正解)、
黒=水星(これも正解)、
白=月(これは不正解)、
青白い=木星(また不正解)。

リーナンは最後の2つの一致のための証明を何も供給せず、そして、私達が見る事が出来る様に、それらは実際に黙示録の中で与えられた描写に一致しません。しかしながら、リーナンは、この天文学的な情報を基にした、黙示録の年代鑑定の試みさえ行いませんでした。

15.乙女座の足の下の月を共にする乙女座の中の太陽

黙示録はこう述べます:「また、大いなるしるしが天に現れた。ひとりの女が太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に十二の星の冠をかぶっていた。」
(黙示録12:1)

これは明らかに、その通常の中世的なイメージにおける、天界的な球体(空)の絵です。太陽が乙女座の中にあると名指しされました。私達は、乙女座が黄道の上の唯一の女性の星座である事を指摘しましょう。月は乙女座の足において位置付けられています。乙女座の頭の直接上に、その頂点に向かって私達は髪の毛座、または12星座を見つけます。あらゆる天界的な図表において人は、良く知られた球状星団、冠、または王冠を見る事が出来ます。それは、現代的な数字化によって、5024/M5e と言及されます。

黙示録は、12の星々の冠に言及します。星の図表の上の球状星団のための基準的な代理が、特に輪における正に12の星々の冠なのは興味深い事です。(例えば[293]の中の図表を参照して下さい)。

故に、太陽は乙女座の中で、月は乙女座の足元にあります。

16.獅子座の中の金星

黙示録は続いて私達にこう伝えます:「勝利を得る者に・・・彼に明けの明星を与える。」
(黙示録2:26、2:28)

開けの明星は、よく知られた、中世の金星のための名前です。ですがゾディアックの星座において「勝利を得るもの」は、勿論、獅子座です。これは「見よ、ユダ族のしし、ダビデの若枝であるかたが、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解くことができる」(黙示録5:5)の行から直接続きます。黙示録のその文章は明らかに「勝利を得るもの」が獅子座である事を示唆しています。

17.黙示録に含まれているホロスコープによる、黙示録の天文学的な年代鑑定

黙示録は明らかに、空における星々の描写を含みます。それらは以下のホロスコープを私達に与えます:

1. 射手座の中の木星、
2. 双子座、または牡牛座の中の火星(N.A. モロツォフは此処に牡羊座も含みました)、
3. 蠍座の中の土星、
4. 天秤座の中の水星、
5. 乙女座の中の太陽、
6. 乙女座の足の下の月、
7. 獅子座の中の金星でした。

大まかな天文学的な計算のために:木星、火星、そして土星のこれらの基本的な惑星だけで十分です。太陽は素早く運動し、ゾディアック的な1周を1年で完結します。故にそれは、月を決定するにおいてのみ便利です。水星は通常、あまりよく見えません(上述参照)。故に、中世においてその位置を判断するにおいて間違いが頻繁に起こりました。

・N.A. モロツォフの主張([542]と[544]、第一巻48-50ページ)
N.A. モロツォフは、西暦4世紀よりも以前では無いとする黙示録の年代鑑定のために、木星、火星、そして土星の3つの基本的な惑星だけで十分であると主張したのは、ホロスコープ、つまり、惑星の配置によって示唆されるためで、西暦395年、632年、1249年、そして1486年にしか、当てはまらなかったためです。

N.A. モロツォフは西暦395年が最善の解決策と考えましたが、この解決策において火星の位置は牡羊座の上で、私達が着目した様に、あまり相応しくありません。モロツォフがこの答えに満足したのは、何故なら彼が黙示録は西暦4世紀以後に書かれたと言うのは不可能だと考えたためでした。ですが彼の結果は以下の方法で慎重に形成されました:「もし黙示録がキリスト教時代の最初の4世紀において書かれたなら、これは西暦395年に起こりました。」([542])。

しかしながら、現在において、太古の年代歴への新たな研究の後、モロツォフが、新たな時代(西暦)の最初の4世紀に対して彼自身を制限する本当の要点は無いと私達は理解します。

それらの制限から私達自身を解放した後、私達は2つの追加的な解決策を加える事が可能で:1249年の解決策と、1486年10月1日の解決策です。1249年の解決策がよろしくないのは、この場合、乙女座にあるはずの水星が、その年において獅子座により近いためです。

・主な主張(フォメンコ&ノソフスキー)
1486年10月1日の解決策が、黙示録の中で示唆された全ての状態を理想的に満足させ:

射手座の中の木星、
蠍座の中の土星、
牡羊座との境界線の双子座の中でペルセウスの足の直接の下の火星、
訳者注:双子座は、牡羊座との境界線を持っていません。双子座と牡羊座の間には、牡牛座があります。)
天秤座の中の水星、
乙女座の中の太陽、
乙女座の足の下の月、そして
獅子座の中の金星でした。

(図3.32の中に表された)1486年10月1日の惑星の配置は、黙示録の中で示された星座において全ての惑星が正確に見つけられる鮮明な証拠を供給します。私達は大まかなこれ等の計算のために現代的で、簡単であり、便利なターボ・スカイのソフトウェアを使用し、この天文学的な結果を確認しました。その結果は、3.33から3.39までの図表に体現されています。天文学的な解決策として、1486年が私達に与える応用を私達は見る事が出来ます。図3.40もまた参照して下さい。

1486年10月1日から2日の夜の惑星の見通しの状態は、ボスポラス付近の観測地点を例として使用し、地中海のために確認しました。1486年10月1日において日の入りは地元の時間で午後17:30で、グリニッチ標準時間では15:30でした。

新月の三日月は、日の入りの後、地元の19:00まで目視可能で、その後月は地元の地平線に沈みました。

土星は地元時間の20:00まで目視可能でした。

木星は地元時間の21:45まで目視可能でした。

火星は地平線の下にあったために、直ぐには見えませんでした。それは地元時間の21:05に上昇し、一晩中、目視可能でした。この時、水星は、地上の観測者にとって、太陽から最大限離れていて、殆どその(軌道の)楕円形の最大限で、M = +0.7の明るさでした。結果的にそれは地球からの目視のための殆ど最高の状態でした。水星は実際に、地元時間の20:15まで目視可能で、その後、地元の地平線に沈みました。金星はその夜、地元時間3:00に上昇しそして日の出まで完璧に目視可能でした。

このデータの全ては、大まかな計算に便利な、ターボ・スカイ・ソフトウェアの助けと共に行われた計算から受け取られました。

私達は1486年10月1日の解決策が、全ての観点から理想的であると再強調します。西暦1486年10月1日のための惑星の配置は、実際問題として、黙示録において驚く程の正確性で反映されています。

図3.35の上で見られる様に、ペルセウスが火星に騎乗している事について中世の観測者はとても正確で:「それに乗っている者は、人々が互に殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。」(黙示録6:4)とされます。当時、火星は実際に、ペルセウスの足の真下に位置していました。これは、1486年10月1日のための火星の位置を共にしたプトレマイオスの Almagest からの中世の図表の断片を表す図3.36の上にはっきりと観られます。火星はペルセウスの足の真下の双子座の中にありました。そして、ボスポルスの環境における、地元時間23:00の、地元の地平線の線に対して比較して、火星は正にペルセウスの下でした。最後に、天の川の明るい発光的な帯は、夜空において正にペルセウスと双子座を通りました。それが、その日付における火星の位置で、天の川が双子座とペルセウス座と同時に火星を結び付けている様に現れました(図3.36)。その中世の観測者は、この注目すべき出来事を指摘しました。

ですが何故、その観測者は双子座では無く、ペルセウスとのコンビネーションにおいて火星を示したのでしょう?実際に、双子座がゾディアックの星座の一部である間、ペルセウスはそうではありません。その観測者がこれを行った理由は、黙示録の著者が描写していたのが、とても劇的な出来事である、来るであろう審判の日、であった事実によるのは、明白でしょう。故に、彼は、大規模な大災害の精神に対して最大限に関連する象徴を選択したのでしょう。

最初の主要な惑星(木星)は射手座の中にあると証明され、つまり、弓と矢と共に描かれた「好戦的な星座」でした。

2番目の主要な惑星(土星)は蠍座の中にあると証明され、つまり、恐ろしく、殺傷的に危険な星座でした。

3番目の主要な惑星(火星)は、双子座の中にあったと証明され、つまり、「平和/穏やかな星座」でした。ですがこの瞬間にその真上にあったのはペルセウス座で、彼の手に、蛇の髪と、生きているものの全てを石に変えてしまう眼差しを持ったゴーゴン・メデューサの首を取ったつるぎを持つ、好戦的な星座でした(図3.36)。更に加えて、火星自体が、よく知られている様に、戦争の神として考えられました。黙示録の著者が、終末論的なシナリオとの完璧な一致のために、つるぎを持つペルセウスを選択したのは、故にとても明らかです。

火星が何故、N.A. モロツォフによって解釈された黙示録のギリシャ語の文章の中で「反対側へと超えて行った」と言及されるのかを、人は理解し始めます。図3.32は、1486年10月1日において、蠍座の中に集合したその他の惑星(?)のオポジション(180度反対側)に、火星が本当に目視可能であった事を実証します。地上的な観測者は、木星、土星、月、水星、そして太陽を、天界的なドームの一つの側に見て、そして火星は図3.32の上でその反対側に引き寄せられています。

何故、モロツォフは、1249年と1486年の解決策を否定したのでしょう?モロツォフの答えは単純で誠実でした。彼は正直にこう説明しました:「これに関して、黙示録が1249年9月14日に書かれたと思い切っていう人は誰もいないでしょう」([544]、第1巻、53ページ)。彼は可能な解決策として1486年を考えさえしませんでした。

しかしながら、N.A. モロツォフの時代の70年以上後の現在、そしてその他の物事と同時に、新たな年代歴についての私達の本から得られた新たな結果に頼り、人は自信を持って黙示録が1486年に書かれたと主張する事が可能で、つまり、オットーマン=アタマン(オスマントルコ)の征服の時代の間です。更なる詳細のために年代歴6を参照して下さい。

私達の再構築において何故、1486年が、黙示録の記述のための最も適合する日付なのでしょう?よく知られている様に、黙示録は主に、審判の日に関連した問題の全てに関係したものです。「黙示録とそのヴィジョンは(最初の三章を除いて)・・・世界の最後の時、または終末論のイメージで、啓示のためのマニュアルとしての役割を果たさなければなりません」([845]、ブック3、第11巻、511ページ)。ですがその年、中世のキリスト教世界の全体が、恐怖の中で審判の日を予想していたのは、歴史において知られています。これは西暦1492年で、ビザンチン時代のアダムから7000年目でした。その時代の伝統によると、審判の日は正にその年に起こるはずでした。

その黙示録は故に、西暦1492年に予想された審判の日の進行に拘わっていました。黙示録の最初の行ははっきりとこう明言します:「時が近づいているからである。」(黙示録1:3)それは、西暦1492年、またはアダム以来7000年目の近さを意味します。1492年の、審判の日の予測の時代において、コロンブスが出港した事に着目して下さい。

故に、私達の独立的な、1486年 - つまりアダムから6994年目 - に対する黙示録の年代鑑定は、その本の内容と理想的に一致します。その黙示録は15世紀における予測された世界の終わりのたった6年前に記述されました。

黙示録を15世紀の終盤に年代鑑定する事はまた、年代歴1の5:9.3章の中で論議された、私達の形式的で数学的な分析と理想的に一致します。その結果は、黙示録が年代歴的に、新約聖書の最後の本では無く、旧約聖書の最初の本の一つであると言う事実にあります。つまり、黙示録は年代歴的に、福音書と共にでは無く、モーゼスのペンタテューク(旧約の最初の五冊)と同時進行で起こります。私達は現代的な聖書が正にモーゼスのペンタテュークと共に始まる事を思い出しましょう。

言い換えると、黙示録は、福音書に続いて、年代歴的に不正確な場所に入れられています。それは福音書よりも、もっと後に記述されました。福音書は、私達の再構築によると、11世紀の出来事を描写します。以下の更なる詳細を参照して下さい。

18.黙示録の元々の内容の私達の再構築

黙示録は、天文学的な象徴を共にした予測をマスクする審判の日を予測します。しかしながら、16-17世紀のその後の出版において、この象徴が不透明だったのは可能です。黙示録の中にはホロスコープが暗号化されていて、そしてそれを年代鑑定する可能性を供給します。そのホロスコープの日付は1486年10月1日で、それは1492年の審判の日の予想された中世の日付に理想的に一致し、それは私達の再構築の中で詳細に説明されました。

その黙示録は、アダム以来7000年目、または西暦1492年において来るであろうとされた審判の日として、中世のキリスト教世界の全体が知覚したものの数年以前の西暦15世紀に書かれた可能性が最も高いでしょう。

黙示録が、4冊目の福音書の著者であるジョン(ヨハネ)によって記述されたとする一般的な意見が明らかに間違いなのは、福音書は11-12世紀に記述された可能性が最も高く、つまり、15世紀よりも以前であるためです。対照的に、使徒ジョン(ヨハネ)と黙示録の記述者ヨハン(ヨハネ)が別人であると言う多くの昔の教会の記述者達の主張は、啓示書の私達の独立的で天文学的な年代鑑定によって肯定されます。故に、福音書と黙示録は、十分に異なった時代に記述されました。

私達は既に、黙示録の時代と、ペンタテューク(旧約の最初の五冊)の時代が重なる様だと指摘しました。私達が年代歴6の中で実証する様に、これは15世紀のオットーマン=アタマンの征服の時代で、つまり、モーゼスとアーロン - レオとライオンの指導の下における「聖書的な出エジプト」です。黙示録は彼を「勝利する者」と言及するにおいて正解です。獅子座は、「明けの明星」、または金星によって「飾られます」。黙示録に記述された「勝利する者」と獅子座 - アーロン、またはモーゼスの一致はまた、以下の節によっても証明され:「耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、隠されているマナを与えよう。また、白い石を与えよう。この石の上には、これを受ける者のほかだれも知らない新しい名が書いてある』。」(黙示録2:17)聖書の出エジプト記の中でマナが描写される事を私達は思い出し、それは、私達が年代歴6の中で実証する様に、15世紀のオットーマン=アタマンの征服を伝えます。ですが - その上に「新たな名前」が綴られた - 白い石において、その上に新たな法律、または申命が書かれたモーゼスの石板だと直ぐに理解出来ます。

黙示録を天文学的に15世紀の終わりと年代鑑定した後、全く新たな観点からこの聖書的な文章と中世のイラストを再検証するのは興味深いでしょう。黙示録の中世の16世紀の絵が、図3.41の上で見られる事が出来ます([745]、第八巻、442ページ)。マスケット(銃)を撃っている騎手を私達は見る事が出来ます(図3.42)。マスケットのロックはとても明らかです。その騎手は引き金を引き、そして銃身は発砲を吐き出します。その銃身に火薬の角笛が接続しているのが見られます。「死」と言う言葉がその騎手の上に記述されています。彼等のイラストの中に黙示録が描かれた時,中世の芸術家達はその時代の現実を反映していたと私達は理解します。火薬武器、マスケット、そして銃が、15世紀の戦場において既に広く使用されていた事はよく知られています。例えば、1453年のコンスタンティノープルの兵糧攻めにおいて、オットーマン(帝国)は、銃砲を使用しました([240])。

黙示録からのもう一つの16世紀のイラスト([745]、第八巻、451ページと図3.43)は、それから炎の源泉が漏れ出すパイプに中に息を吹き込む」天使によって行われた破壊を表します。これは恐らく大砲の玉、またはケースの弾丸を撃っている中世の銃器を描写します。その中世の芸術家は、その球が着地した場所の大きな爆発の炎を描写します。明らかに、中世において、銃器は火と煙を吐き出すパイプとして時に描かれました。黙示録のイラストの上に銃器を描写するこの伝統は、18世紀の近年まで生き残りました。図4.44は、1799年のコメントされた黙示録([745]、第九巻、485ページ)からのイラストを供給します。その全体においてその題材は16世紀のイラストと同じで - 「パイプに息を吹き込んでいる」天使が火を吐かせています。私達はまた、遠くのミサイルの爆発から昇る炎を目撃します。図3.45([745]、第九巻、486ページ参照)の上で人が見る黙示録の中世のイラストの中で、銃の一撃が更にもっと鮮明です。上部に私達が見るのはその中に天使が息を吹き込む「パイプ」です。そのパイプから炎が出て、そして私達が見るのは投射物が地面にぶつかる遠くの爆発です。

15世紀、そしてそれ以後から、銃はヨーロッパにおいて恐怖を呼び起こしました。近年に書かれた黙示録に対するイラストの上のその様な恐ろしいイメージの現れは、故に完全に自然的でした。この全ては、間接的にではありますが、15世紀の終わりへの黙示録の私達の天文学的な年代鑑定を追認します。
[第三章終了]

フォメンコの論説:
黙示録は、西暦1486年に、1486年の夜空を観測した人によって記述された。

否定:
もし、黙示録に西暦1486年の夜空が描かれているなら、春分/秋分と夏至/冬至の地点は、黙示録の中に記述されている様に、牡牛座、獅子座、蠍座、そして水瓶座の中では無く、魚座、双子座、乙女座、そして射手座の中になければならないため。

理由:
ゾディアックの輪は、歳差運動と言う現象によって、とてもゆっくりと時計回りに動いています。この運動は72年に1度の角度で移動します。ゾディアックの12の星座は、360/12=30度ずつ区切られています(実際の空の星座は全てが同じ大きさでは無いので、正確に30度ずつではありませんが)。

例:2017年1月1日0時0分 UTC の惑星の配置(12の星座が30度区切りで分類されている事に着目して下さい)

2017-01-01.php

故に、例えば春分点が一つの星座に入り、次の星座に抜け出すまでに、72年 x 30度 = 2160年かかります。

現在の春分点は水瓶座の中に入ったばかりですが、過去、約2160年間、春分点は魚座の中にありました(故に魚=キリストの時代でした)。

水瓶座に入ったばかりの、現在の春分/秋分、夏至/冬至の十字の位置
水瓶zodiac

フォメンコが主張する様に黙示録が西暦1486年の夜空を描いているなら、春分点は魚座の中でなければなりません。

現在の水瓶座時代よりもひと昔まえの、魚座に春分点があった時代の十字
魚zodiac

逆に、西暦1486年の黙示録の記述者が、牡牛座に春分点があった時代、i.e. 魚座(約2160年間)+ 牡羊座(約2160年間)=4320年間を逆算しながら、それ以前の牡牛座の時代(現在から約4320年前から6480年前)の夜空を黙示録の中に、西暦1486年に記述したなら、とても博識な偽造詐欺でしょう。

牡牛座の中に春分点があった時代の十字
牡牛zodiac

もしくは、黙示録は牡牛座の中に春分点があった時代、今から6480年前から4320年前の時代に当時の夜空を観測した人によって記述されたものです。

参考資料:
エイジ・オブ・アクエリアス
ゾディアックのサイン
初心者向け占星学

アナトリー・フォメンコ
アナトリー・ティモフェーエヴィチ・フォメンコ(露: Анато́лий Тимофе́евич Фоме́нко、英: Anatoly Timofeevich Fomenko、1945年3月13日 – )はロシアの数学者、モスクワ大学教授、ロシア科学アカデミーの正会員。トポロジーの研究で知られる。また歴史書の編纂にも協力している。ウクライナ・ドネツィク生まれ。

数学での業績
フォメンコはロシア科学アカデミー、ロシア自然科学アカデミー、国際高等教育科学アカデミーの正会員、物理学と数学の博士であり、モスクワ大学数学科の微分幾何学部門の責任者でもある。また不変理論や、積分可能なハミルトニアン系のトポロジーによる分類の著書を著している。また幾何学、トポロジー、変分法、シンプレクティック幾何学、ハミルトン力学などに関する180以上の学術論文と26のテキストを執筆している。さらに、経験的統計法を創始し、それの歴史学への応用についての本も多数出版している。

新しい歴史体系の提唱
フォメンコは、十二宮の統計的相関関係に基づいた独自の「新歴史学(New Chronology) 」を創始した。彼は、これまで信じられてきた年代とは数学的に合わない多くの歴史的事件を発見したと主張している。彼は、古代ギリシア、古代ローマ、古代エジプトを含む古代史全てが、中世に起こった事件の反映に過ぎず、また中国やアラブの歴史全てが、17世紀から18世紀にかけてのイエズス会によるでっち上げだったと主張している。また、イエス・キリストは12世紀の人物で、コンスタンティノポリスで磔刑にされたということや、トロイア戦争と十字軍は実は同じものであること、モンゴル帝国のチンギス・ハーンは実はロシア人であったということなども主張している。一次資料を論争の対象とするだけでなく、フォメンコは年輪年代学や放射性炭素年代測定といった年代測定の方法論に対しても真っ向から異を唱えている。

フォメンコは、共著者とともに新歴史学について全7巻となる予定の著作「History: Fiction or Science?」を執筆中である。2008年7月の時点では第4巻まで発行されている。

しかしながら、彼の歴史体系は正統の歴史学者や科学者からは完全な疑似科学と捉えられており、まともに相手にはされていない。

占星学

1 elements

ハウス

1ハウス02

12星座sign.png

http://whisperingwood.homestead.com/23341033-astrology.pdf

惑星

私達は占星学の研究において、発光体としてもまた知られている、太陽と月から始め、10個の惑星を検証します。加えて、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、そして冥王星があります。惑星のエネルギーは、私達の日々の生活に影響します。それを述べた上で、真に問題なのは、このエネルギーと共に私達が何を行うかです。

更に最近に成って認識された惑星(天王星、海王星、そして冥王星)は、その他の惑星のメッセージは薄めず、それらは単純に、私達の経験のスペクトル(幅)を加えます。多くの人達は、木星を最も博愛的な惑星として考え、金星が直ぐ次に続きます。太陽、月、そして水星はまた、黄金の輝きを照らす傾向にあります。物事の反対側においては、土星が固いエネルギーで、火星、天王星、海王星、そして冥王星の鋭さによって続かれます。

それぞれの惑星は異なった速度で運動しており、太陽に対してどれだけ近いかによって、より早く(月)、そしてよりゆっくりと(冥王星)運動します。最も速い惑星(月、水星、金星、そして火星)は、一般的に(太陽系の)内側の惑星として言及され、内的な自己に語ります。社会性の惑星は木星と土星で、その間外側の惑星(天王星、海王星、そして冥王星)は、外的な世界にそれらの眼差しを固定します。

それぞれの惑星は、それが統治するサイン(星座)において、その最も強力なエネルギーを働かせます。これはまた、その dignity (尊厳)のサインとしても言及されます。それぞれの惑星がまた相互関係する2番目のサインがあり、その exaltation (高揚)のサインとして知られています。それぞれの惑星の尊厳のサインの(ゾディアックにおける)直接の正反対は、detriment (損害/凶)のサインで;この惑星のエネルギーは一般的に不都合(陰)です。高揚のサインの正反対は fall (下降)のサインで;それらの惑星は、弱められたエネルギーを現します。(牡羊座の中の火星の様な)その自然的なハウスの中の惑星は、偶然的に尊厳化され、そして結果として強化されます。恐らく、全ての中で最も重要な惑星は、Ascendant (上昇)を統治するものでしょう。例えば、乙女座が上昇にある人達は、乙女座の統治者として水星が、彼等のチャート(図表)の上で多大な影響を働かせていると見つけるでしょう。

惑星の運動は、固定的(stationary)、直接的(direct)、そして逆行的(retrograde)に分類されます。(その直後に直接的、または逆行的に成る)固定的な惑星は、それと共に高度に集中し、そして重要なエネルギーをもたらします。直接的な惑星もまた、多大な影響を働きます。物事をミックスさせる役割を果たすのは逆行的な惑星です。後ろ向きに進む様に現れる事によって、それらの惑星は分散されて、集中していないエネルギーを派生させます。逆行的な惑星のメッセージは、結果として、ごっちゃにされた、弱い効力でしょう。

太陽: 自己の惑星

太陽は光を派生させるので、それは生命をもたらします。(発光体、または恒星としてもまた知られている)この惑星は、自己、人の個性、エゴ、スピリット、そして個人を特徴的にするものを体現します。それは、私達の個性で、世界に向けた私達の顔です。太陽はまた、創造的な能力に語りかけ、日々の生活の挑戦に立ち向かう個人の力です。

人の自然的な父親、夫、そしてその他の男性的な影響は、子供達と同様に、太陽によって統治されています。太陽のエネルギーは力強いもので、その眼醒めに、それらの存在の中核である、権威、導く能力、そして個人の本質が由来します。この惑星の意志を通して、私達は、私達自身を、世界において体現させる事を学びます。

太陽は雄大で、その王者らしい雰囲気に相応しく、王族と、より高い役職を統治します。この球体はまた、私達の健康と安全の上の守護です。太陽の黄金の輝きは、不可欠な生命の力で、それは強さ、エネルギー、そして成功するための意志を私達に与えます。その他の惑星に対して強さを与えるのは太陽で、それは何故、この惑星が占星学において鍵の役割を担っているかの理由です。

太陽は、それぞれのサインを約1か月間、訪問して過ごし、ゾディアックの12のサインを通って旅をするのに、1年間かかります。それは、男性的なエネルギーで、獅子座と5番目のハウスを統治します。

月: 感情の統治者

月は、地球に最も近い「惑星」なので、この衛星は文字通りゾディアックの周りを一跳びし、1カ月弱においてその周期を完結させます。それはまた、殆どの惑星以上に、より深く私達に触れます。

潮の満ち引きの統治者として、月が私達の感情の統治者に成るべきなのは相応しいです。穏やかな水は深いでしょうか?波を立てているでしょうか?感情の泉でしょうか?そう、私達の感情は長い間、海と言う言葉において描写され:液体で、重大で、内からのかき混ぜです。気分の変化、直感/本能、物事について私達がどう感じるのか、そして私達の感情がどの様に他者に影響するのかは全て、月によって影響されています。太陽が私達に、私達のスピリットを与える間、私達に、私達の魂を与えるのは月です。

月は、母親と、女性と子供の関係を象徴する事において、女神の様なものです。この惑星は(また、発光体としても知られていますが)人の人生における女性達、そして育成者としての彼女達の役割に対して語ります。繁殖力、妊娠、そして出産もまた、月によって統治されています。私達は、私達が私達の母親によって撫でられ、彼女の優しい手触りを感じた最も早い瞬間から、月がその銀色の輝きを照らしているのを目撃します。

私達の感情は、私達の存在を通してそれら自体を現れさせ、私達の日々の生活の音色を設定します。月は、この継続性の責任者で、ある時は私達を活力的にし、次の時には虚弱にします。私達は上機嫌か、落ち込んでいるかで、いたずらっ子か、お行儀が良いかで、おおらかに笑うか、意識的に泣くかです。月のエネルギーを通して、私達自身を完全にし、世界と一つに成るために、私達は様々な感情を和解させようと努力します。月はまた、私達が欲するものを見極める助けをし、記憶と過去を、この行程の一部として使います。

月は、それぞれのサインの中で約2日半過ごし、そしてゾディアックを1周するのに、28日間かかります。それは、女性的なエネルギーで、蟹座と4番目のハウスを統治します。

水星: コミュニケーションの惑星

水星は、神々の羽根のついた使者と同じ様に、羽毛の軽さの羽根に乗ってやって来て、そして私達に話す事を命じます。コミュニケーション、知性、そして自覚の全ては、論理と理由づけ、私達の考えの方法、そして私達がどの様に私達の思考の行程を創造し、そして表現するのかと同様に、水星の統治下にあります。

水星的な本質は、落ち着きの無さと運動を、マインドへともたらします。此処において物事はラ-タ-タ-タ-タッと、素早く起こります。水星は、頭の素早い回転、早い思考、可能性、意見、理由づけ、そして物事を理論化する能力に関わります。水星的なエネルギーは、陽にも陰にも成る事が出来ますが、エネルギー化する事に間違いはありません。この惑星はまた、一つの事から次の事へ私達が移行するように指示し、物理的と心理的の両方の段階の上で、答えを得る事を指示します。更に、水星のエネルギーは、器用さと知覚力の両方です。

水星は短い旅に関係していて:ご近所、または町の反対側の友人への訪問で、通勤で、週末の小旅行です。兄弟/姉妹、そして移動全般もまた、水星の統治下です。

話す事、記述、本、オン・ラインのコミュニケーションと学習は全て、水星の統治下です。この惑星は、頻繁に、そして上手に、私達自身を表現する様に、私達に懇願します。

水星は、太陽から28度以上決して離れてはおらず;それは太陽の周りのその軌道を一周するのに、約88日間かかります。そのエネルギーは、男性的でも、女性的でも無く、それが入ったサインの性別に成ります。それは、双子座と乙女座の両方と、そして3番目と6番目のハウスを統治します。

金星: 愛と金運の惑星

金星は、楽しみの全てに関係していて、特に誰かと分かち合われた楽しみです。この惑星はそれ自体を、愛、私達の感情的な執着におけるロマンスとハーモニー(調和)、結婚、友情、そして(事業のパートナーシップの様な)団結に拘わらせています。金星は幸せと優しさを広げる事に満足で、その間、他者、そして私達が主有する物事をどの様に愛し、感謝するかを教えます。

私達は金星のエネルギーの御蔭で魅力的に現れ - そして他者を引き寄せます。社会交友、そして他者に対して関連する事は、この惑星にとって重要です。

美はまた、金星と共に強く関係させられています。芸術(音楽、踊り、劇、そして文学と、幾つかを上げるだけでも)、そして美的感覚は、金星の統治の中に納まります。金星は私達に、私達の感覚に没頭し、私達の世界の美しさの中で大いに楽しむ事を懇願します。この惑星は、洗練、文化、チャーム、そして気品に密接に関連しています。

金星はまた、私達が、私達の所有物から得る楽しみも扱います。高級品(宝石、絵画、高級車)、良い食べ物や飲み物、美しい家と洗練の感覚は全て、金星の関心を喜ばせます。この惑星は私達に、物事の絶妙な本質を高く評価する様に願います。それは、金星が関わる限り - 必然的には性欲的ではありませんが – 官能的な世界です。

金星は、ゾディアックのその軌道を一周するのに225日かかり;それは太陽から47度以上は決して離れません。それは、女性的なエネルギーで、牡牛座と天秤座の両方と、2番目と7番目のハウスを統治します。

火星: 情熱の惑星

火星はゾディアックのアクションの惑星です。その「赤い惑星」は、結局の処、とても気が荒くあるべきで、そして火星はがっかりさせません。エネルギー、情熱、推進力、そして決断力は全て、火星の統治です。この惑星はあなたに(そして、勿論、火星は軍部を統治します)立ち上がり、目立ち、そして物事を成す事を要求し - 脇道で座る事は、天界のその他の場所に帰属します。端的に、火星は個人の権力と自信の表現に語りかけます。

野望と競争もまた、火星の領域です。仕事場においてであれ、スポーツのグラウンドの上であれ、火星は私達が挑戦に立ち向かい、私達の最善 - またはそれ以上を尽くす事を応援します。火星は勇気と誇りもまた貴重にしますが、攻撃性が此処においてその計画の一部です。主張、そして大胆で恐れの無い本質が、この惑星を喜ばせます。

火星のエネルギーは、建設的にも、破壊的にも成る事が出来ると着目するのは重要です。太古の時代における戦争の神、火星は、非情で凶暴にも成る事が出来ます。このエネルギーが未だにその惑星から派生する間、それはまた私達に、その力を善のために利用する事を求めます。スタミナ、野心、そして達成は全て、火星の統治下です。

火星は私達の性的関心と性的なエネルギーを統治し、武器、事故、そして手術を監督します(最後の2つは、この惑星の陰と陽を描写しています)。最終的に、しかしながら、火星のエネルギーは、もし正しく利用されれば、とても便利です。

それは、ゾディアックを通って、その軌道を一周するのに、2年近くかかります。それは、男性的なエネルギーで、牡羊座と蠍座の両方と1番目と8番目のハウスを統治します。

木星: 幸運の惑星

木星は、考えている人の惑星です。抽象的なマインドの守護者として、この惑星は、知性的とスピリット的の両方において、より高い学習を統治し、アイデアの探求のための熱望を与えます。知性的に語ると木星は、私達の思想を形成するにおいて、私達を補佐します。よりスピリット的な領域において木星は、宗教と哲学の上で統治します。答えのための探求は、もしそれらを見つけるために世界中に行く事を意味したとしても、木星が提案する事で、それは恐らく、木星が遠距離の旅を統治する理由です。このテーマに沿って、木星は私達に、倫理と道徳の価値を確認させ;それはまた、私達の楽観の感覚を確かめさせます。

運と幸運は、良い理由と共に木星に関連させられています。これは、博愛的な惑星の一種で、肯定的な方法において、私達が成長し、繁栄する事を望みます。木星は判事であり、陪審員ですが、それは殆どの場合信頼できる助けで、私達が正しい道にある様に見守っています。私達の成功、達成、そして繁栄の全ては木星の領域ですが、この援助は、時には怠けと怠惰へと悪化します(木星は、最悪だと、体重の増加に関連しています!)。頻繁に、しかしながら、木星は私達を正当な道へ導きます。

遊びの時間もまた、木星の統治の一つです。全ての種類のスポーツ、チャンスのゲーム、そして家族のペットとの公園における散歩(木星は動物を愛します)は、この惑星によって全て統治されています。最後に木星は頻繁に、物質的であれ、そうで無くあれ、大きな富の前兆です。これは天界における良き友人です!

木星がゾディアックを一周するには、約12年かかります(その惑星は、平均して、一年に一つのサインを訪問します)。それは、男性的なエネルギーで、そして射手座と魚座の両方と、9番目と12番目のハウスを統治します。

テトラビブロス

テトラビブロス(四書)

1 tetrabiblos

第一巻

第一章: 序文
第二章: 知識は特定の程度まで、天文学によって得られるでしょう
第三章: 先見は便利です
第四章: 惑星的な球体の影響
第五章: 吉と凶
第六章: 男性と女性
第七章: 日中と夜間
第八章: 太陽に関する位置の影響
第九章: 固定化(fixed)された星々の影響
第十章: ゾディアックの北の星座
第十一章: ゾディアックの南の星座
第十二章: 一年の季節
第十三章: 四つの角度の影響
第十四章: 夏至冬至、春分秋分、そして有形無形のサイン
第十五章: 男性的と女性的なサイン
第十六章: サインの相互関係の配置
第十七章: 命令していて、従っているサイン
第十八章: 同等の力でお互いを見ているサイン
第十九章: 連動していない(五点形の)サイン
第二十章: それぞれの惑星のハウス
第二十一章: 三重性
第二十二章: 昇進(exaltations)
第二十三章: 用語の性質
第二十五章: 全ての惑星の場所と角度
第二十六章: 顔、二輪馬車、そして惑星のその他の類似した特徴
第二十七章: 応用、分離、そしてその他の能力

第二巻

第一章: その題材の一般的な分類
第二章: 全ての全体的な気候を通して観測可能な特性
第三章: 三重性とそれぞれの惑星と共に親しみのある地球の地域
第四章: 固定化された星々と共に親しみのある地球の地域
第五章: 日月食における特定の先見の分類
第六章: 出来事において理解されるために関係すると考えられる地域、または国々
第七章: 出来事の時間と期間
第八章: 影響されるであろう分類、階級、または種類
第九章: 効果の性質と本質
第十章: 日月食、彗星、そしてその他の現象の色
第十一章: その年の新月
第十二章: それによって大気の異なった構成要素が産出されるサインの特定の本質
第十三章: 大気の特定の構成要素のための考慮の分類
第十四章: 隕石の重要性

第三巻

第一章: 序文
第二章: それによって後者の出来事において動物が子宮を出て、そして存在のもう一つの状態に成る、受胎と分娩、または出産
第三章: 上昇している(ascending)角度
第四章: 誕生日の星座の教義の配分
第五章: 両親
第六章: 兄弟と姉妹
第七章: 男性または女性
第八章: 双子
第九章: 怪物的、または奇形的な誕生
第十章: 育てられなかった子供達
第十一章: 寿命
第十二章: 停止的(prorogatory)な場所
第十三章: 停止させるもの(prorogator)の数、そしてまた運の一部
第十四章: 停止の分類の数
第十五章: 適例
第十六章: 体の形状と気性
第十七章: 体の痛み、怪我、そして病気
第十八章: マインドの質
第十九章: マインドの病気

第四巻

第一章: 序文
第二章: 金運
第三章: 社会階級の運
第四章: 雇用の質
第五章: 婚姻
第六章: 子供達
第七章: 友人達と敵達
第八章: 旅
第九章: 死の種類
第十章: 時間の期間的な分別

追加付録

1.アルマゲスト;第七巻、第四章
2.アルマゲスト;第二巻、第九章からの引用:上昇(アセンション)によって監督された状況
3.彼の四書の果実と呼ばれた、クラウディオ・プトレマイオスの百の名言集
4.ゾディアック的な平面球体

☆ ★ ☆ ★

クラウディオス・プトレマイオスは、紀元73年頃ギリシャのプトレマイオス・ヘルミイで、エジプト最後の王朝プトレマイオス朝の王家の末裔の一人として生を受けた。生涯の大半をアレキサンドリアで過ごした。カノープスの神殿で天体観測を行い、図書館で死蔵されていたギリシャ天文学書を調査し、これを体系化させた。そして、151年に78歳で死去している。

大著「アルマゲスト(原題マセマティックス・シンタクシス)」や「コスモグラフィア」により、天文学史や地理学史に普及の名を残している学者。天動説の大成者。プトレマイオス王朝の滅亡によって、忘れ去られかけたギリシャ天文学の研究成果を集大成し後世に残した偉大な学者。

だが、ここでは一般的に知られている天文学者としての彼ではなく、占星術師としての側面について語りたい。

実際、彼は「西洋占星術の父」と呼ばれることもある。

彼の占星術における最大の業績は「テトラビブロス」を書いたことにある。これは題名通り4部から成る書であり、「アルマゲスト」の天体観測と「コスモグラフィア」の地理学を基本において、時間と空間による未来予測を体系化している。

ちょうど「アルマゲスト」がヒッパルコスの仕事を土台に、「コスモグラフィア」がティレ・マリヌスの仕事を土台にしているように、この「テトラビブロス」も実は紀元前のストア学者で占星術師のポセイドニオスの仕事を土台にしている。いわば、この書はカルデア・エジプトの占星術の集大成的な書である。

プトレマイオスは、過去の先達達の知識を集大成を得意とし、独創性というものは少ないと良く指摘される。無論、彼は実に熱心に天体観測を行ったが、過去の先達達が積み上げて来た成果を整理して後世に伝えることにも熱心であった。

「テトラビブロス(4つの書)」は、「アルマゲスト」や「コスモグラフィア」の後に書かれた書であり、彼のパトロン、シュロスに捧げられている。プトレマイオス自身の定義によると、「テトラビブロス」は「アルマゲスト」に基づく数学の書であるという。言ってみれば、「アルマゲスト」が第1巻であり、「テトラビブロス」は2巻にあたる書物なのである。彼は、ある意味、数学魔術(i.e. 数秘術)の信望者でもあった。

すなわち、この書において彼は、先達ポセイドニオスの学説を支持したのである。占星術は、鳥占い、内臓占い、夢占いとは別種の占いであるとした。これは、神意を聞く類のものではなく、宇宙の法則を知り、数学的な計算によって行われるものだと強調したのである。

一部の学者には、占星術を憎むあまり(苦笑)、「テトラビブロス」をプトレマイオスの晩年の迷い・ボケの産物と決め付ける無茶な主張をする人がいる。これは、占星術と天文学の明確な区別の無かった当時の時代背景を見落としているだけではなく、プトレマイオスの哲学をもあまりに無視した見解であろう。「テトラビブロス」の視点に立てば、むしろ「アルマゲスト」と「コスモグラフィア」は、その土台となる書である。この3著は互いに照応しあい、どれか1つを軽視すると、プトレマイオスの哲学の理解は絶対に不可能なのだ。

「テトラビブロス」の第1部は、惑星、恒星、星座の関係において述べられたものである。そこでは天体と四大との関係についても解説されている。また、方角や季節等についても、同様に四大との照応関係が解説されている。

例えば、太陽は勿論「温」と「乾」であり「火」。

月は地球に近いがゆえに海や川からの蒸気の影響を受けるので「湿」である。また、太陽からの光を受けるため若干「温」となる(ゆえに「湿」と「温」であり、「水」となる)。

土星は太陽から最も遠く「温」が不足し、地球からも最も遠いので海からの蒸発の影響を受けないので「湿」が不足する(ゆえに、「冷」と「乾」で「土」となる)。

金星や月のような「湿」の性質を持つ惑星は女性的であり、太陽、土星、木星、火星は男性的である。しかし、水星は太陽と月に近く、中途半端に「湿」の性質を帯びているため、両性具有者である。このような基礎的論が展開される。

また、ここにおいてはアスペクトの解説も成されている。もっともプトレマイオスは4種類のアスペクトしか認めておらず、現在の占星術で最も重視されるコンジャクションは認められてない。

また、この時代のアスペクトは精密な惑星同士の角度ではなく、その惑星が居る星座同士の角度でもって用いられる(これは、当時の天文学の水準からみても止むを得ないであろう)。

2部においては、惑星が地上に及ぼす影響について述べられる。

まず、地上はヨーロッパ、アジア、北アジア、アフリカに4分割される。そして、これらの地域に十二宮が照応する。例えば牡牛座はペルシャ、双子座はアルメニア、牡羊座はブリテン、ゴール、ゲルマニアといった具合である。

もっとも、これは「コスモグラフィア」の古い世界観と同一であるため、現代から見ると、そのままでは使用は出来ないであろう。既に滅びた国の記載が多くあるのは別にしても、新大陸や極東、ロシアに関する記述は無い。

しかし、この照応は、土地と天体との関係を重視するという、基本的ルールが説かれたものであり、そういった意味では極めて重要であろう。

ちなみに、現代の占星術では、アメリカは双子座、中国は蟹座、ロシアは水瓶座、日本は天秤座と照応させるのが定説のようである。

プトレマイオスは、天体と土地の関係を正しく掌握すれば、戦乱や天災、疫病の流行が、どの土地で起こるか予測できるとした。

しかし、何よりも重要なのは、やはり第3部と第4部であろう。

ここにおいて、個人を占うための占星術が解説されているのである。今、我々が見ているホロスコープの原型が、ここにあるのである。特にハウス、サインの象意の原型が、これによって確定したとも言われることもある。

特に重要なのが、獣帯(ゾディアック)の扱いである。プトレマイオスは獣帯を30度づつ十二分割した。そして、いわゆる春分点を、牡羊座の0度すなわち獣帯の起点とすることを強く説いたのである。無論、彼は春分点歳差は充分知っていた。春分点は少しづつ後退し、今では獣帯の起点たる牡羊座0度は、本来の場所には無い。こうした方式は、トロピカル方式(移動十二宮方式)と呼ばれ、各サインが実際の星座の位置と一致するサイデリアル方式とは区別される。そして、現代の占星術師のほとんどは、このプトレマイオスが唱えたトロピカル方式を用いているのである(一部の占星術師やヒンズー占星術ではサイデリアル方式を取る)。

現代の占星術師が、この3~4巻を読めば、穴だらけであると思うかもしれない。しかし、同時に、西洋占星術の基礎が、まさにこの本によって決定されたことにも気づくであろう。

マニリウスの「アストロノミコン」がラテン語で書かれたのに対し、この「テトラビブロス」はギリシャ語で書かれた。その結果、この書はギリシャの新プラトン主義者達によって、非常に重視された。特にプロティノスの高弟ポリピュロスは、この書の注釈すら行っている。また、プロクロスも同様に注釈を行っている。

この書は、ギリシャ語からシリア語に訳された。やがて、9世紀に入ってイサク・ベン・フナインによってアラビヤ語に訳された。ちなみに現存する最古の写本は、このアラビヤ語の本である。これが1138年にプラト・ティブリティヌスによってラテン語に訳された。ご多分に漏れず、この書はイスラム圏を経由してヨーロッパに逆輸入されたわけである。

この書が大きく注目を集めるのは、ルネサンスに入ってからである。カルダーノはアラビヤ語本の原本とラテン語本をテキストにして注釈を書いた。キリスト教神秘主義者のメランヒトンは、プロクロスの注釈本をテキストにして、翻訳を行った。

自然魔術やヘルメス哲学を奉じる者にとって、マクロコスモスとミクロコスモスの照応を考察するのに、占星術は欠かせない思想でもあったのだから、当然といえば当然である。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/uranai/putoremaiosu.htm

★ ☆ ★ ☆

プトレマイオスは占星術師ではなかったと言ったら驚くだろうか。 たしかにこれまでに出版された占星術のテキストのなかで『テトラビブロス』ほどのロングセラーはないし、占星術に興味のない人ですらプトレマイオスの名前は知っている。 しかし、これは古代ギリシア・ローマの占星術を様々な角度から研究してきた私の結論である。

まず、プトレマイオスを含むギリシア・ローマのテキストを、時代を追って読んでみると、『テトラビブロス』の時代になって基底にある理論にやや変化があることがわかる。 大筋では同じなのだが、細かい部分でプトレマイオスはそれまでにあった占星術の理論とは異なる事柄を述べている。

この事実だけを考えるなら、プトレマイオスの時代に占星術が様変わりしたと言えなくもないのだが、『テトラビブロス』より後の時代のテキストを読むと、また『テトラビブロス』以前の理論に戻っているのである。 これはドロセウス(1世紀)、プトレマイオス(2世紀)、ファーミカス(4世紀)の3冊を比較するだけで確認できる。 さらにベッティウス・バレンスやポーラス・アレキサンドリヌス(パウロス)とも比較すれば、『テトラビブロス』のみが特殊であることがよりはっきりとするだろう。

またプトレマイオスは、他の占星術師と比べて、以下の事柄に関する説明を省略している。

ホラリー占星術
パートオブフォーチューン以外のアラビックパート
天体が各サイン/ハウスにあるときの効果
天体間に形成されるアスペクトの効果

なぜプトレマイオスだけが異なる理論を唱え、当時の占星術テキストなら当然あるべき重要な事柄をその著書から省略したのだろうか。

『テトラビブロス』Book IIIの第1節で、プトレマイオスは次のように述べている。 (現代日本語にするため多少意訳したが原文の意図は正確に伝えているはずだ。)

古典的な未来予知の技法は、多岐にわたり、ほとんど無限とも言える、すべての天体の組み合わせを考慮する必要があるため、そのすべてを説明することはできない。(中略) さらに、その使用方法や実践が難しいものについては説明を省略する。

プトレマイオスが占星術師だったとしたら、彼よりも前の時代の占星術師たちがそうしたように、きちんと説明すればいいのだ。 省略したのは『テトラビブロス』が初心者向けだったからという説もあるが、私は、単にプトレマイオス自身が他人に説明できるほど占星術を理解していなかったためだと考える。

たとえば、”The Crime of Cladius Ptolemy”(Johns Hopkins University Press)においてロバート・ニュートンは、『アルマゲスト』にある恒星のリストはプトレマイオス自身の観測によるものではなく、ヒッパルコスのカタログに記載された恒星の位置に歳差を考慮した一定の度数を足しただけのものであることを指摘している。 これはプトレマイオスが天文学者ですらなかったことを示唆するものである。 (事実、ロバート・ニュートンはそう断言している。)

また、プトレマイオスは占星術や天文学だけでなく、地理学や光学についての著書もある。 プトレマイオスが博学な人だったと言えばそれまでだが、プトレマイオスは単なる「科学ライター」であり、『テトラビブロス』は占星術師ではないライターが自身の見解を加えつつ、一般大衆に占星術を説明したものと見る方がぴったりとくる。

クォリファイング・ホラリー・ディプロマ・コースで『テトラビブロス』をテキストとして取り上げているのは、占星術の歴史やパートオブフォーチューンに関するレッスンにおいてであり、簡単に手に入る本であり、ウィリアム・リリーが頻繁に引用しているからである。 しかしながら、「プトレマイオスの説明はすべてにおいて極端に短い」とリリーが嘆いているように、物足りなさがあるのは否めない。 『テトラビブロス』を読んだだけで古代ギリシア占星術の全貌を知ることも、古典占星術について語ることもできないのである。
http://www.kokubu.com/astrology/ptolemy.htm

クラウディオス・プトレマイオス

カーリー・マー

カーリー・マー

カーリー (काली Kālī) は、インド神話の女神。その名は「黒き者」の意。血と殺戮を好む戦いの女神。シヴァの妻の一柱であり、カーリー・マー(黒い母)とも呼ばれ、シヴァの神妃パールヴァティーの憤怒相とされる。仏教名(漢訳名)は迦利、迦哩。

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図像
全身黒色で3つの目と4本の腕を持ち、チャクラを開き、牙をむき出しにした口からは長い舌を垂らし、髑髏ないし生首をつないだ首飾りをつけ、切り取った手足で腰を飾った姿で表される。絵画などでは10の顔と6本~10本の腕を持った姿で描かれることもある。

物語
神話によると、女神ドゥルガーがシュムバ、ニシュムバという兄弟のアスラの軍と戦ったとき、怒りによって黒く染まった女神の額から出現し、アスラを殺戮したとされる。自分の流血から分身を作るアスラのラクタヴィージャとの戦いでは、流血のみならずその血液すべてを吸い尽くして倒した。勝利に酔ったカーリーが踊り始めると、そのあまりの激しさに大地が粉々に砕けそうだったので、シヴァ神がその足元に横たわり、その衝撃を弱めなければならなかった。しばしば、夫シヴァ神の腹の上で踊る姿で描かれるのはこれに由来している。

信仰
殺戮と破壊の象徴であり、南インドを中心とする土着の神の性質を習合してきたものと解される。インド全体で信仰されているポピュラーな神だが、特にベンガル地方での信仰が篤く、現在でもコルカタにあるカーリーガート寺院では毎朝、山羊による生贄が供養されている。また、インドの宗教家、神秘主義者ラーマクリシュナも熱心なカーリーの信奉者だった。

インドにおいて19世紀半ばまで存在していたとされているサッグ団とは、カーリーを信奉する秘密結社で、殺人を教義としていた。

III. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF GEMINI AND KALI MUR
3.双子座と塩化カリウム(カリ・マー)の分析と調合

~~~秘儀的な生物化学の研究者は、上記の文章と、双子座の形而上学的、身体生理学的、そして占星学的な解釈と、ジョージ W. キャリー博士による塩化カリウム、またはカリ・マーのその割り当ての間に存在する完璧な類推に喜びを得るでしょう。その話の全体が、分岐、糸、繊維、単繊維 - または子孫に関連しているためです。

以前の章の中で私達は、生命の創造的なエッセ( esse )である、分別化されていない物質へのエネルギーの注ぎ出しと、火によるそのはらませを熟考しました。それは自然の中で春( spring/バネ)として現れ、そして人体において、大脳(牡羊座)の中の電気的なエネルギーの派生(発電)として現れます。

その後、リン酸カリウム(牡羊座)へ硫酸ナトリウム(牡牛座)が加えられる事によって、異なった化学的な産物が結果します。その働きは終に始まり結節(こぶ)が現れ、アアロンの棒が芽吹き、そして後ろの脳、または小脳が形成します。

太陽は、その旅路において今、双子座のサインに入り、それはほぼ、5月21日に起こり、そしてこの期間において6月の2週間、そして5月の1週間しか無いので、それは6月( June )と呼ばれます。

その単語は、ラテン語の動詞 jungo から派生し、接続、または関節を意味し、故に繊維、または芽吹きです。それは糸で、主要な幹から枝分かれしている単繊維で、その根幹は、牡牛座の中の太陽によってもたらされた蕾( gemma )、または腫れ(こぶ)です。私達は、結節(こぶ)である bulb (球根)と言う単語において、牡牛座の動物的な象形文字である Bull (雄牛)と同じ語源から派生した一致する解釈を有します。gemmation (芽生)と言う用語において私達は、projection (投影/突起/突出)から発達させられた新たな生命体に言及する、Gemini (双子座)の真の意味の、直接の証拠を有します。それは分離される、または接続したままで、植物の芽吹きが後者の例で、そして人間の子孫が前者の例です。これが最後に異なるのは、それが体内(子宮)で起こる事です。

ジュノ( Juno )はジュピター(木星)の配偶者としてこのサイン、双子座と、(ジョーヴ/木星のハウスである)射手座に言及し、1つの柱の2つの極 - 成長と旅を構成し~~~

塩化カリウム

塩化カリウム(えんかカリウム、potassium chloride)は化学式 KCl で表されるカリウムの塩化物で、結晶格子は塩化ナトリウム型構造をとる。工業的には塩加・塩化加里とも呼称される。

アメリカでは薬物による死刑執行時に使用する薬物としても知られる。

化学的性質・用途
水溶液中では電離してカリウムイオン (K+) と塩化物イオン (Cl-) になる。味は苦味を伴う塩味。水などの極性溶媒に対し吸熱的に溶解する。

KCl(s) → KCl(aq), ΔsolnHº = 17.21 kJ mol-¹

水酸化カリウムと共に、最も一般的なカリウム源として化学工業に用いられる。 工業原料の他、農業資材としてカリウム肥料としても市販されている。

カリウムイオンは体内で、ナトリウムと共に膜電位の形成に寄与している。通常の状態ではカリウムイオン濃度は細胞内で高く、体液(血液も含む)中では低くなるように維持されている。腎疾患や高濃度の静脈内投与により高カリウム血症を引き起こされた場合、不整脈から最悪の場合は心不全にいたり死亡することがある(詳しくは高カリウム血症参照のこと)。そのため医学、獣医学の分野では心停止液としても利用される。

赤外線領域での光線透過率が高く、塩化ナトリウムや臭化カリウムなどと共に赤外分光用の窓や試料の封止材としても使用される。

また水溶液中の電気伝導において陽イオンおよび陰イオンの輸率がほぼ等しいため液間電位が小さく、電気化学測定において塩橋の電解質、pH電極の内部液、電気伝導度測定の校正用標準液などに用いられる。

製法・産出
水酸化カリウムと塩酸の中和反応によって作ることが可能である。工業的には鉱産物を精製して得られる。

HCl + KOH → KCl + H₂O

にがりを構成している成分の一つである。また鉱物として自然産出もし、カリ鉱石として採掘される。鉱物名はシルビン。岩塩とともに内陸に閉じ込められた海水や塩湖から析出して鉱床を形成する他、火山の噴気から少量が結晶した状態でも産出する。主要産地は、ベラルーシ、イスラエル、ヨルダン、アメリカ、カナダ、フランス、ドイツ、チリ、ブラジルで、旧共産圏が圧倒的な埋蔵量をもつ。日本の産地は千葉。また、海草からも抽出可能。日本は大半を輸入している。

医学、占星学、そして電磁力

エリック P. ドラードのラジオ考古学より:

歴史のこの時点において、この通信システムの上に、劇的な太陽風の減少を通して、冷遇を持って照らした。減少された太陽風は地球のイオン層/電離層を弱め(薄くし)、それによって発せられた電磁波の伝播の能力を減らす。HF (ハイ・フリクエンシー/高周波数)ラジオにとって大きな頓挫であったが、RCA (米海軍直属のラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ社)は更に高い電力と更に大きなアンテナでその道を強引に開いた。競争に打ち勝つという熱望が、HFバンドの混雑が増す中、更なる高電力の使用を強いた。プリオロン水ジャケット器の中の水が、モールス・コードと共に歌うのが聞かれる事が出来た。電磁ラジオは永遠に太陽のサイクルと婚姻させられ、11年周期で途絶を経験した。後の1950年に、RCAの科学者ネルソンは、各惑星のサイクルもまたラジオ伝播の中で主要な役割を果たしている事を確定し、ラジオ占星学の開発が必要となった。

ジョセフ P. ファレルのバビロンの金融マフィア達より:

1950年代の早期、RCA 社は、周期的なサイクルに沿って何故、シグナルの伝播が強弱に変化する様に見えるのかを、その技術開発者の一人、J. H. ネルソンに研究させました。幾らかの研究の後に、電気的な技術開発者誌に公表されたネルソンの答えは、当時そうであったと同様に、今でも「一般的な」科学の敏感さにとって衝撃的です。それらの2つの短い記事の概要は全てを物語ります。

彼の記事「短波シグナルの質に対する、惑星的な位置の効果」の概要の中に、ネルソンはこう公表します
「未だに解決されていない問題への新たなアプローチは、間大西洋の短波シグナルに対する惑星的な位置の観測です。7年間に及ぶ相関関係は、特定の惑星的な配置が、短波シグナルの振る舞いに、良く一致している事を表します。」
そのたった数か月前、1952年の1月に開かれた AIEE の冬季ジェネラル・ミーティングのために書かれた記事の中の概要において、ネルソンは更にはっきりと説明し、それはこう明言しました
「5年間に及ぶ北大西洋上の、短波ラジオの伝播の状態と、太陽系におけるそれぞれの惑星の比較的な位置の検証は、幾つかのとても興味深い相関関係を明かします。その様な相関関係の結果として、特定の惑星的な関係は、太陽へのそれらの影響を通して、ラジオの伝播に特定の効果を持つと推理されます。ラジオ天気予報の高度に重要な分野が正しく発達させられるために、ラジオの伝播に対する惑星の位置の効果を完全に探求するために、更なる調査が必要と成ります。」
私達が先に進む前に、慎重に観測するべき、幾つかの重要な要素があります。
最初に、「特定の惑星的な関係」は、それらが太陽に与える何らかの影響を通してラジオのシグナルの質と伝播に効果を有する事に着目して下さい。これが機能している全くの質量以外のもう一つのメカニズムをハイライトしているのは、太陽の質量がそれぞれの惑星の質量の総合よりも遥かに重いのが明らかなためです! 言葉を変えると、基準的な相対性理論のモデルは、惑星的な位置と共に、何故シグナルの質が変化したのかを説明出来無いと言う事で;基準的な物理のモデルによって提示される重力-質量の関係だけで無く、何らかのその他のメカニズムが機能していたと言う事です。そのメカニズムは、ネルソンによると、時間を通した惑星的な位置の幾何学(立体性)に関係していました。
第二に、ネルソンはまた、地上の天候に対する太陽の知られている効果に加えて、地上の天候と惑星的な位置自体の間にもまた、関係があるかも知れない事を遠回しにヒントします。ネルソンが、RCA のために働いている技術開発者だったと言う事実が無ければ、人は彼の記事が、農家のアルマナック(暦)の天気予報のために匿名で働いている何らかの不鮮明な占星学者の物と結論する様に促されたかも知れません。
ですが、まだあります。
それが何であるかを理解するために、ネルソンの解説に詳細に、そして慎重に続く事が必要です。その問題は、RCA が、太陽黒点の活動を研究するための観測的な望遠鏡を設置した時に明らかに成りました:
低マンハッタンの RCA 通信株式会社の中央ラジオ局に、太陽黒点を観測するためにメンテされた、6インチの反射望遠鏡の観測所があります。1946年におけるこの観測所設立の目的は、太陽黒点の研究から、ラジオ嵐の予測の方法を開発する事でした。1年程の実験の後、太陽黒点の歳、位置、分類、そして活動に基づいた、短波の状態の予測のシステムが開発されました。満足出来る結果は得られましたが、このシステムが時折失敗する事は、太陽黒点以外の現象が研究される必要性を示唆していました。
言い換えると、太陽黒点以外の、何らかのメカニズムが関わっていたと言う事です。ですがそれは何だったのでしょう?

 

太陽黒点のサイクルに関連したその現象の研究を行った者達による様々な記事を検証して、ネルソンは直ぐに、ある奇妙な事を発見して、そしてそれは彼自身の発見に重大な役割を果たしました:

太陽黒点の活動におけるサイクル的な変化は過去に、多くの太陽的な研究者達によって成され、そしてそれらの変化を惑星的な影響に関連させる試みが何人かによって成され、代表的なのは、ハンティントン、クレイトン、そしてサンフォードでした。これらの3人の研究者達の本が研究され、そして彼等の結果は、ラジオのシグナルの振る舞いと、惑星との類似した相互関係の根拠として十分な期待が持てると結論されました。しかしながら、彼等が行った様に、大規模な惑星だけを調査する代わりに、水星から土星までの全ての惑星の影響を調査する事が決定されました。0度、90度、180度、そして270度の、同じ太陽中心的な角度が使用され、いずれかの惑星の一つ、または複数が、これ等の角度の一つによって分離された日付が記録されました。

調査は直ぐに、これ等の惑星的な角度と、間大西洋的な短波のシグナルの変化の間には肯定的な相関性があると証明しました。ラジオのシグナルは、研究された種の惑星的な配置の1日、または2日の内に劣化させられる傾向を証明しました。しかしながら、全ての配置がシグナルの劣化に一致したわけではありませんでした。特定の配置はその他のものよりも勝る相関関係を示しました。

言い方を変えると、太陽黒点のサイクル自体は、頻繁に主張されたのとは異なり、シグナルの劣化の原因では無く、それら(サイクル)自体が惑星的な配置に相互関連していました;太陽黒点とラジオの伝播の効果の両方が、太陽との関係における特定の惑星的な幾何学の影響であると現れました。そしてもう一つの事がまだありました:0度、90度、180度、そして270度の角度によって、2つ、またはそれ以上の惑星が分離された時に常に起こる、シグナルの伝播に対する影響は、その幾何学的な配置の後に現れました。

ネルソンの記事はこれらの惑星的な関係の幾つかを図表化し、そしてそれらを見る事に価値があるのは、絵は実に、数千の言葉、または百の方程式に匹敵するためです。

1951年9月20-26日の、ネルソンの惑星的な配置
1 nelson1

一方で土星と、もう一方で金星と木星が、ほぼ180度(オポジション)で分離され、その間天王星と水星がお互いから数度の位置(コンジャンクション)で、他の3つの惑星からほぼ90度(スクエア)離れている事を観測して下さい。

それらの図表と占星学的な図表の類似性は、勿論、それらに詳しい人には明らかで、そしてそれはネルソンの時代においても同じで、タイム・マガジンは、その研究の効能的な示唆の一つを素早く指摘しました。

「惑星の運動によって未来を預言しようと試みる占星学の太古の似非科学には、結局の処、少々の科学があったのかも知れません。今週、迷信に簡単に騙される被害 者では無い、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカが、惑星的な運動の研究によって、ラジオの受信を成功的に予測したと、RCA リヴューに公表しました。」

簡潔にまとめると、タイム誌が遠まわしにヒントしているのは、この太古の「似非科学」に対する「原始物理学」的なアプローチの一種で、つまり、太古の占星学的な神話と昔話の背後には - とても高度な文明の産物であった - とても先進的な物理学と科学があったかも知れないと言う事で、その内、占星学は文明のとても退化した遺産で、エジプトやバビロンは、例えば、それら自体が、もっと、より早期で、そして遥かにもっと先進的な先代の文明の退化した遺産だったと言う事です。そして占星学的な構成要素は、私達がいずれ見る様に示唆、または暗示だけではありませんでした。

ですが私達は、私達自身を先に進め過ぎです。

この時点において、私達は、ネルソンの明言の示唆を慎重に考えてみましょう:

1) ラジオのシグナルは電磁的な現象なので、そしてシグナルの伝播が、お互いから0、90,180、そして270度の配置にある2つ、またはそれ以上の惑星に よって影響される様に現れるので、その示唆は、太陽系が電気的に中性では全く無く、電気的に流動的で、そしてその流動性がそれらの配置によって影響される オープン・システムであると言う事です。再び、惑星的な配置自体が経度的な波(縦波)の格子、または繊維、もしくは型板を創造すると言うアイデアを思い出して下さい;

2)太陽と惑星の共通の特徴は、それぞれが、それら自体の地軸の周りで自転している質量で、そして総合的なシステムとして惑星は太陽の周りを公転しています。端的に、私達が扱っているのは、回転しているシステムの中の、回転しているシステムです;

3)太陽自体はプラズマの回転している質量で、その中で一貫的に核融合が起こっている、超高温で、電気的に極化されたガスです。更に加えて、太陽の回転しているプラズマの質量の中で、その赤道の北と南の経度のプラズマの異なった層において同じ方向に回転していますが、異なった速度においてです。それが知られている様にこの「回転の差」は、私達が先に進む際に重要に成ります。

ですがこの全ては、何を意味するのでしょうか?

この問いに答える為に、私達は、私が、私の以前の著書に記述し、それについてコメントしたこの「深い物理学」の幾つかの要素を検証するために、戻らなければなりません。それらの要点の多くは比較的に素早く反復出来ますが、それらの幾つかは、新たな追加的な資料と見解と共に、より詳細な検証が必要に成ります。

ネルソンの図表:
http://magibette.com/wp/angles-turbulence-in-the-sky/

・・・ それらの角度、i.e. 90、180、そして270度は全て占星学者達が「ハード・アングル」と呼ぶものです。ハード・アングルに含まれるのは、スクエア(90度)、オポジショ ン(180度)、そして占星学的な特別な呼び名はありませんが、90度と180度のコンビネーションである270度で・・・0度はコンジャンクション(連動)で・・・

・・・マギ占星学において私達は、太陽中心のシステムを使用し・・・殆どの伝統的な占星学者達は、地球中心の図表を使い・・・実際に、太陽中心の占星学はとても重要で、金融的な占星学の専門家は、市場の状態の指標として、太陽中心の図表を見解します・・・

・・・ 1952年5月に発表された彼の小論の中で、ラジオ電波のシグナルの最も激しい劣化は、3つの惑星が「複数の90度の配置」の時に起こり、それは2つの惑星が、3つ目の惑星に対し、スクエアであった時、(またはマギ占星学者が T-スクエアとよぶ形状において)起こりましたと彼は明言しました。

1948年2月23日の、太陽中心の図表
極度なラジオのシグナルの障害時にあった T-スクエアのパターン

1 Feb231948

ラジオ電波のシグナルの、極度に厳しい劣化のその他の期間の一つは、1951年9月21-23日でした。

1951年9月21日の、太陽中心の図表
2 Sept211951

・・・ラジオ・シグナルの厳しい劣化の鍵の一つは、ネルソンの研究によると、太陽系最大の惑星、土星と木星の図表における位置でした・・・

・・・彼の記録は、土星と木星が60度の倍数の配置(占星学において「イージー・アスペクト(弱い要素)」であるセクスタイル(60度)、またはトライン(30度)の時の度に、ラジオのシグナルは、90度の倍数の時よりも良好な質でした。

例えば、1948年において木星と土星は120度の間隔のパターン(トライン)で、太陽の活動は活発でしたが、ラジオの配信は全般的に一貫的でした。

1951年において、天王星、土星、そして木星の、継続的な90度のパターンが太陽中心の図表にあり、4番目の惑星がこれら3つのパターンを渡った時、相関してい るラジオの障害に結果しました。1951年において、太陽黒点の活動はそれ程活発では無かったにも拘わらず、平均的なラジオ・シグナルの質は、研究された その他の年よりも、さらに低いものでした。

・・・彼の研究の結果を使い、ネルソンは、1950年と1951年において、85%の確率で、ラジオ電波の配信の状態を正確に予測出来ました。

1951年3月に発表された彼の小論の中で、6つの惑星(地球、水星、金星、火星、土星、そして木星)によって形成されたハード・アスペクト(強い影響)のパター ンの研究の後、全てのハード・アスペクトの配置が、障害的な状態()によって同行されるのではない、」と明言しました。惑星の間の0度、90度、180度、または270度の配置は、もしそれらの内の一つが、その同じ日に、もう一つの惑星から120度に近いと、無効化()されることが出来る、」と彼は述べます。

言い換えると、ハード・アスペクトの配置における惑星の内の一つが、もう一つの惑星に対してトライン(30度)なら、その障害は無効化されます!それが意味するのは、希望が常にあると言う事です。

3 Mar231940

・・・ネルソンは、全ての惑星、または隕石を使用しませんでした。彼の研究に、その他の天体が含まれて見られた時、それは更に驚きです・・・

4 March261940Nelson

ネルソンは3つの惑星:土星、水星、そして金星しか含みませんでしたが、1940年3月26日までに、5つの惑星を含んだ T-スクエアを形成するために、水星が先に進んだ事を貴方は見る事が出来ます・・・

5 March261940

1940年3月26日の図表全体を全ての惑星と共に考えてみて下さい。私達は何故、この障害の連続がとても顕著だったのかを見る事が出来ます。

冥王星は、ジュノー(第三小惑星)と同様に、パターンの一部です。私達はまた、火星が(ネルソンが太陽に近い惑星に着目したために、彼が使用し無かった)海王星にスクエアで、そして(当時は未だ発見されていなかったので、彼が使用し無かった)カイロン(小惑星の一つ)が木星にスクエアです。

ネルソンが全ての惑星と隕石を、その研究全体を通して使用していたら、彼の正確さは85%以上だったでしょう!・・・

電磁力より:

・・・本稿では、これらの磁界研究の現状と主な問題点について整理、解説するとともに、それらの改善のために静磁界を用いた細胞レベルの研究が重要であることを指摘する・・・

・・・個体レベルにおける静磁界の影響を明確に検出するのは困難であるが、生体内には常磁性物質であるマグネタイト類似結晶の他に酸素やヘム鉄が存在しているため、細胞および分子レベルにおいては静磁界の影響はあるものと考えられている。酸素は呼吸によって肺内に取り込まれ、赤血球中のヘモグロビンと結合して組織へと運ばれる。酸素は組織から細胞に運ばれ、細胞内にてグルコースと酸化的りん酸化を行い生命維持に必要なエネルギを産生する。その反応の始めと終りだけを式で表すと以下のようになる。

C₆H₁₂O₆ + 6O₂ → 6CO₂ + 6H₂O + Energy

この反応を空気中で起こそうとすると、燃焼現象であるために高い温度が必要となるが、細胞内では多数の酵素および補酵素の一連の触媒作用により体温下で進行する。このような生体内酸化過程では、ミトコンドリア内に存在する電子伝達系 の構成要素である金属酵素チトクロムが重要な役割を果たしているため、上野等は磁界と代謝との関連をチトクロムの磁気的性質から論じている⁵²⁾。チトクロムはヘムを持つタンパクの一つで、呼吸鎖における電子伝達系で重要な役割を担っている。ヘム鉄は Fe²⁺ ⇔ Fe³⁺ の形で酸化還元を行うが、Fe²⁺ は d 電子6個、Fe³⁺ は d 電子5個を有し、これら d 電子の配置の仕方で磁気的性質が決まる。常磁性、Fe²⁺ は低スピンフェロ(Fe²⁺, S = 0)で反磁性である。すなわちチトクロムは電子移動に伴って常磁性や反磁性の特徴を持つ。生体系物質の大部分は反磁性物質により構成されているが、この電子伝達過程にみられるように重要な生命過程には常磁性物質の関与が必須であり、ここに磁界の生体へ及ぼす影響についての一つの可能性があると考えられている。

近年の超電導技術の進歩によって、人工的外部磁界として極めて高強度(5~10T)の磁界が比較的容易に得られるようになり、これまで反磁性物質としてほとんど問題にされていなかった生物物質や、個体に対する磁界の影響が次第に明らかにされてきている。その例として、フィブリンやコラーゲンが強静磁界によって配向する現象⁵⁴⁾がEguchi等により見出され、人工的に神経や血管を構築する再生医療分野への応用が期待され・・・

オーラの科学史
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A9

紀元前500年のピタゴラス学派にて、オーラの概念は初めて西洋文献に記された。それによれば、全ての自然に浸透している生命エネルギーの発光体が人間の組織に影響を及ぼし、病気を癒す効果もあるという。

1200年代のスイスにて、医者であり錬金術師であったパラセルススは人間の癒しをもたらす未分化の生命エネルギーを「イリアステル」と名付けた。

1800年代において、ヤン・ファン・ヘルモントとフランツ・アントン・メスメルは、肉体が離れた相手に互いに影響の及ぼすことのできる“流体”の存在を報告し、ある種の電磁界に似たフィールドが存在しているかもしれない、と示唆した。

1800年代中期には、カール・フォン・ライヘンバッハが 電磁界とよく似た特性を示す「オディック(en: Odic force)」と呼ばれるフィールドの実験を行った。オディックは磁極のように、互いを引きつける力の特性を有しており、また磁極もオディックと関連する極性を有している。ライヘンバッハは、オディックが人間の身体に水晶の力に似た極性を生み出す事を発見した。それによれば身体の生命力には磁石のような有極性があり身体の左側が負で右側が正とされる。この概念は道教やヨーガ、緘療法で知られている。

1911年、内科医のウィリアム・キルナーは人間の身体を取り巻く、3つのゾーンからなるエネルギーフィールドの研究を発表した。キルナーはこのフィールドを「オーラ」と呼んだ。オーラには年齢・性別・健康・精神力などによりかなりの個人差が見られ、キルナーはそれを基にした診断システムを開発した。キルナーによればオーラの状態と肉体の病気には相関関係がある。

1939年、精神科医のヴィルヘルム・ライヒは生命エネルギーであるオルゴンの概念を提唱した。これは性エネルギーと関連があるとされ、病気治療に有効であると考えられた。ライヒはオルゴンエネルギーが空間や生物・無生物に脈動していることを確認した。ライヒはジークムント・フロイトの分析法を応用し、肉体の中のオルゴンエネルギーを自然な流れにするための物理療法を開発した。

現在ではメスメルやライヘンバッハ、キルナー、ライヒらの実験は、一般的に疑似科学とみなされている。

1939年、イェール大学のハロルド・バー(en: Harold Saxton Burr)が植物の種のエネルギーフィールド(オーラ)を測定した。新芽のまわりにある電場はもとの種子の形ではなく、すでに「生長後の草木のかたち」を示していた。つまり、このフィールドを測定することにより、植物がどの程度育つかが予測できるという。またバーは蛙の卵のエネルギーフィールドを測定して、成長した蛙の神経系の位置を予測できることも発見した。そしてバーはサンショウウオの周囲に、身体と同じ形をした電場が存在し、その電場が、脳と脊髄をとおる一本の「電気的な軸」をもっていることを発見した。

1979年、ニューヨークの骨形成外科医であるロバート・ベッカー(en: Robert O. Becker)は肉体を流れる直流電流を測定し、そのパターンを表す肉体電気フィールドの地図を作製した。このフィールドは人間の生理的・心理的変化によって形態を変化させること、健康状態や病気と相関して状態を変える事が判明した。

1970年代にドレクセル大学では、超感覚知覚能力者であるカレン・ゲスラらが参加した実験が行われ、オーラエネルギーが2ミリワットのレーザー光線を曲げたり弱めたりすることが可能である事が確認された。この実験結果はNBCテレビで全国的に放送された。

1970~90年において、日本の超心理学者であり宗教家である本山博は、長年ヨーガを実践してきた人々から放出される低い光レベルの測定に成功している。また本山は経絡を電気的に測定し、その結果を鍼灸の治療に利用している。

1970~90年において、カザフ大学のヴィクトール・イニューシンはコロナ放電写真を通して人体の「ツボ」の位置を示す事ができたと発表した。またオーラには自由イオンから成るバイオプラズマが含まれることなどを発見した。

同じく1970~90年において、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の筋運動学の名誉教授で、ダンスセラピー、運動療法への貢献で知られる研究者ヴァレリー・ハントは、生命エネルギーについて研究し、生体がひとつの電磁場であることを示した。

1980~90年代に、原子物理学者のロバート・ベックは世界中の多くのヒーラーが、ヒーリング中に7.8~8ヘルツの脳波パターンを示すことを発見した。またヒーリング中のヒーラーの脳波の周波数と位相は、シューマン共振と呼ばれる地球の磁場の変動と同調していることを発見した。ここから、ヒーラーはヒーリングのために地球の磁場からエネルギーを取り入れている、と推測できる。

同じく1980~90年代に、ネヴァダ州の生体電磁気研究所の創設者兼所長であるジョン・ツィマーマンによれば、ヒーラーが一度シューマン共振とリンクすると、脳の右半球と左半球が調和し、7.8~8ヘルツのアルファ波を出すとされる。またツィマーマンはヒーリングで手を当てられた患者の脳波もまたヒーラーの脳波と同調してアルファ波を示すことを発見した。またツィマーマンは、ヒーラーの手から放出されるシグナルの強度や周波数が、生体組織の修復や促進を目的として開発された医療用の電磁パルス発生装置のシグナルと一致することを発見した。この発見は、気功や瞑想などの実践者を対象とした中国および日本での研究から裏付けられた。

1990年代には、A.S.Popowのバイオ・インフォメーション機構のロシアの科学者グループにより、生きた有機体が300~2000ナノメーターの周波のエネルギー振動を放出していることが確認された。このエネルギーは「バイオプラズマ」と呼ばれた。この発見はモスクワの医療科学学会で立証され、イギリス・オランダ・ドイツ・ポーランドでの研究で支持されている。

中国の蘭州大学のチェン・ロンリアンは光量子装置(低光測定装置)や生体検査機を用い、人間の肉体から放出されるエネルギーを測定する実験を行った。その結果によれば気功の達人と透視能力者から発せられるエネルギーには如実に違いが見られたという。

グラナダ大学のOscar Iborraらの研究によると、オーラが視えることで他人のヒーリングができると報告する人々は、通常の人々に比べ共感覚と呼ばれる知覚を持っている場合が多いとされる・・・

ヒポクラテスの誓いより:


「占星学の知識の無い医者は、彼自身を医者と呼ぶ資格は無い。」

- ヒポクラテス

食品ハイドロコロイド

食品ハイドロコロイドの物性に関する研究

概要:

食品ハイドロコロイドの物性(物理的な性質)は内部の高分子の分散構造の反映である。本稿では、食品ハイドロコロイドの内部構造を解析するために有効な理論であるパーコレーション(浸透)モデル、誘電(ダイエレクトリシティー)解析、フラクタル解析について解説した。また、食品ハイドロコロイドの嚥下困難者用介護食への応用についても述べた。パーコレーション理論は,ゾル-ゲル転移点近傍における食品ハイドロコロイドの物性挙動の記述に有効であった。BSA、ゼラチン、アルギン酸などの溶液について観測される誘電(ダイエレクトリシティー)緩和は、ハイドロコロイドごとに異なる電気双極子の運動を反映していた。多糖類などの高分子電解質溶液のMHz (メガ・ヘルツ)近辺で観測される誘電(ダイエレクトリシティー)緩和の解析には,スケーリング則が有効であった。ガラス状の試料に関しては低含水率では、分子の運動性、水の可塑剤としての効果が、誘電(ダイエレクトリシティー)緩和法によって得られる緩和時間τや活性化エネルギーEactによって定量的に評価できた。高含水率あるいは高温におけるガラス転移点近傍あるいはラバー領域においては、電気弾性率M*を用いた解析が有効だった。フラクタル解析により、複雑な形状の物体の構造を特徴づけることができた。希薄溶液系においては、タンパク質表面荷電量を制御することにより、クラスター-クラスター凝集モデルの典型例である拡散律速型および反応律速型の凝集体が生じた。球状タンパク質の加熱凝集ゲルの弾性率の挙動は、内部の凝集体のフラクタル構造の反映であった。食品ハイドロコロイドの物性が、超音波パルスドプラー法で測定される食塊の咽頭部流速に及ぼす影響に関して検討を行った。その結果、粘度μ、動的粘性率η’、複素粘性率が、液状の嚥下困難者用介護食の物性指標として有効であると考えられた。

The physical properties of food hydrocolloids are a reflection of their inner structure. In this study, we reviewed several methods for examining the inner structure of food hydrocolloids; the percolation model, dielectric analysis, and fractal analysis. In addition, we reviewed the application of food hydrocolloids in developing special foods for patients with dysphagia. The percolation model was effective for describing the behavior of the rheological properties of food hydrocolloids near the sol-gel transition point. The dielectric properties of food hydrocolloids such as bovine serum albumin solution, gelatin solution, and alginate solution were analyzed. Each dielectric relaxation observed was considered ascribable to a different movement of “components” in the electric field among different hydrocolloid systems, thus giving information about the inner structure of the hydrocolloids. Fractal analysis (self-similar structure) is a quantitative analytical method for characterizing many types of disordered shapes. The elastic behavior of the aggregate gels observed on heating globular protein solutions was confirmed to be a reflection of the fractal structure of aggregates in the gels. We investigated the effect of rheological properties of food hydrocolloids on the velocity of the bolus by using ultrasonic pulse Doppler method. Viscosity (μ), dynamic viscosity (η′), and complex viscosity (η*), were considered suitable indices for liquid-type foods for patients with dysphagia.

ハイドロコロイド
直径10~1000nmの粒子が水を連続相に分散している状態
(コロイド状態を制御するために使用される多糖類やタンパク質)

ハイドロコロイドの機能
増粘、ゲル化、保水、分散、安定皮膜形成、起泡、乳化
テクスチャーモディファイヤー
マヨネーズ、ドレッシング、デザートゼリー、アイスクリームなど

ゾディアックと医学

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医学占星学

12星座には、それぞれ支配する部位と必要な元素があると言われています。

欧米における今までの「メディカル・アストロロジー」の研究では、人体を組織している元素は22あり、陰極と陽極に分けられます。

陰極というのは人体がすでに保有している元素です。

陽極というのは、補充する必要のある元素ということです。

この陰陽のバランスがとれてこそ、人間は健康を維持できるということです。

古来から私たちの体は、ミクロ・コスモスと言われています。栄養のバランスを取ることで、いろいろな病気の予防が出来るということです。

下記の一覧を参考にして下さい。

惑星の病気対応表

太陽

体の部位・・・心臓、脾臓、背中、男性は右目、女性は左目、前頭葉

病気・・・心臓と循環器系の疾患、眼の病気、組織の新陳代謝に関係のある病気、細胞の活力や生命力に関係する病気

体の部位・・・乳房、子宮、胃、消化器、リンパ腺、食道、胆のう、交感神経、関節髄液、脳の古い皮質

病気・・・消化器系の病気、リンパ腺の病気、小児の罹りやすい病気、遺伝による病気、ガン、ヒステリー、感情の鬱屈による病気、風邪、生理不順、乳房の疾患、脳の古い皮質の病気

水星

体の部位・・・手、気管、声帯、脳、耳、神経全般

病気・・・心の問題から来る病気、言語障害、聴覚障害、呼吸器系疾患、手や腕の怪我や病気、神経障害

金星

体の部位・・・咽喉、腰部、耳、腎臓、生殖器、あご、頬、眼

病気・・・腎臓病、腰の痛み、耳鼻咽喉科の病気、不摂生から来る病気、卵巣の疾患、貧血、静脈の病気、性病

火星

体の部位・・・頭部、筋肉組織、性機能、生殖器、体温、顔、味覚、臭覚、前頭葉、膀胱、副腎

病気・・・頭痛、熱が出る病気、急性の病気、ヘルニア、事故による怪我、火や刃物を扱うときの事故、やけど、丹毒、盲腸炎、筋肉の病気と怪我、出血、高血圧などによる脳卒中

木星

体の部位・・・肝臓、大腿部の関節、胆のう、胆汁、大腿部の関節、血液、動脈、栄養を摂取したり太らせたりする機能、成長ホルモン、生殖欲を司る脳の機能

病気・・・肝臓病、消化不良、黄だん、ヘルニア、浮腫、動脈の病気、うっ血、脳溢血、肥満、過食、組織の肥大、巨人症、アル中

土星

体の部位・・・歯、骨、関節、皮膚、毛髪、耳

病気・・・リウマチ、麻痺や衰弱、様々な皮膚炎、骨折、関節炎、歯痛、栄養失調、痛風、老化と老衰、体の一部を切除する病気、寒さによって起こる病気、低血圧

天王星

体の部位・・・中枢神経、脳下垂体、脳脊髄神経、くるぶし

病気・・・血液の循環系統の故障、脊髄神経の故障、神経症、放射能による疾患、ヘルニア、てんかん、けいれん、何かのショックによる体の不調、神経衰弱“気のめぐり”の悪さによって起こる病気

海王星

体の部位・・・太陽神経叢、松果腺、ライデン腺

病気・・・心身症、気絶する、分裂症、薬のアレルギーによるトラブル、心霊的な原因による不調、病的な信仰、ガス中毒、麻薬やアルコール中毒、食中毒、性病、官能的なことにおぼれる、すぐに逃避する、虚言癖

冥王星

体の部位・・・生殖器、尾てい骨の部分、直腸、肛門

病気・・・夢遊病、性的倒錯、性同一性障害、戦争などのトラウマが尾を引く、環境破壊や公害による病気、集団幻覚、集団的な妄想、クンダリニー障害、過激な生き方による心身のトラブル

キローン

体の部位・・・木星とほぼ同じと思われる

病気・・・不可抗力の怪我、過去の体験から来るトラウマ、強迫観念、民族全体の生き方や道徳観念または宗教から来る様々な心理的圧迫
http://www.makuro.co.jp/hosi12.html